2010年11月05日

ものづくりの町

昨日、知人の紹介で3人の方とお会いした。
皆さん瀬戸市に住んでみえ、地場産業である陶磁器に関わる仕事に従事されている。

この地場産業がますます衰退し、口をついてでるのは、「このままではいけない。何とかせねば」という言葉である。

3人とも自分の仕事に誇りをもっておられるのはもとより、誰よりも「この仕事が好きである」という感じが伝わってきた。

話を聞きながら、何とかしなくてはいけないと思った。
「業界が違うから何もできない」・・・こんな風に考えていけないと思う。


何とかせねば・・・
こんな気持ちを抱きながら話を聞いていて一つのことが思い浮かんだ。

それは、目の前の「モノ」に捉われすぎているのではないか?ということである。
まずは「モノ」があり、それを売るためには・・・
こんな発想では現状から抜け出すことは難しいのではないかと感じる。

ではどう考えるかということである。


陶磁器、特に食器関係では今や岐阜の「美濃焼」の方が「瀬戸焼」や「赤津焼」よりブランドイメージは上だと聞く。
同じモノづくりでありながら、ブランドに何故差がつくのだろう。

いや、「差(違い)を明らかにした」からブランドとして確立したのかもしれない。
この点はきちんと調べる必要があるが、感覚としてそう思う。


こんなことを考えながら、3人の仕事を見てみるに「共通するキーワード」が思い浮かんだ。
『手しごと』という言葉。

手づくりとか、一品モノという言葉もあるが、瀬戸のモノづくりを表す言葉として「手しごと」というのはピッタリしているように思う。

つまり瀬戸の特長は、「作り方」にあるということである。
こう考えてくると、「せとものの町、瀬戸」のアピールの仕方は従来のそれとは全く違ってくる。


何とかせねば・・・
必死に考えていきたい。




posted by 伊藤保徳 at 06:55| Comment(2) | 街づくり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ご無沙汰をしております。

最近はPTA活動や自宅の勉強会に精を出しておりました。
余談ですが、大阪の住吉大社の神主さんとご縁があり、小学校のPTA活動に提案し訪問しました。校長先生も参加され、正式参拝、神主さんによる境内案内、昼食会を皆さんと楽しみました。

好評だったので、10月には勉強会仲間とも同じ企画で住吉大社訪問をしました。

次は何をしよう・・・と考えているところですが、勉強会仲間の一人が江戸時代から続く陶芸用品を扱うお店をしているので、何かそれにちなんだ企画を提案出来ないかと思っていたところです。

前置きが長くなりましたが、そんなことを考えていたので、伊藤さまのこの記事に目が留まりました。

「美濃焼」は確かによく目にします。デザインがいいなと思うものがあるのと、目にする機会が多いように思います。
「赤津焼」は、このブログで拝見するまで名前も知りませんでした。(すみません・・・)


友人にこのブログの記事を掻い摘んで伝えてみたところ、陶磁器産業の衰退についてこんなことを言っていました。

作り手・売り手の努力の差はあるだろうが、広い意味では日本の教育に関わりがあると思う・・・と。
そして逆に「どんな教育が陶磁器産業を駄目にしていると思う?」と質問をされました。
真っ先に思い付いたのは、「子どもを危ない目にあわせないようにする教育」でした。
壊れたら危ないとか、あと始末が面倒などの理由で、壊れない食器・・・コレールとかプラスチックの食器を使うことが増えると、陶磁器を使わなくなります。
友人も同じことを考えていたようです。
それ以外にも、機能だけを追求したり、物を大事にしなくなったのも関係があるだろうと言っていました。

壊れるものだから壊さないように大事に使い、日常使うものにも美的価値を取り入れることを考え直してみたいです。

その辺りも踏まえ、陶芸について、老舗と呼ばれる企業が日本に沢山あることについて考え、ただ粘土を触るだけでなくて、もう一歩踏み込んだ形で勉強会の陶芸企画を考えたいと思いました。


伊藤様は瀬戸の陶磁器を通じて何をお伝えになりたいですか?
何かのヒントがいただけるような気がして質問させていただきました。


もうすぐ区切りを付けられる「役員サロン」ですが、このコーナーとの出会いにより色々と勉強をさせていただきました。長い間お疲れ様でした。今後も後援会のHPでご活躍を拝見させていただきます。
Posted by 櫻井晴子 at 2010年11月17日 18:37
櫻井さん、コメントをありがとうございました。

「瀬戸の陶磁器を通じて何を伝えたいですか?」とのご質問。

瀬戸市の将来を考えるとき、「陶磁器というモノ」ではなく、歴史や技術、伝統などをきちんと伝えていく必要性を感じています。

歴史は「いわゆる窯業、やきもの」にさかのぼることでもあり、我社の原点でもあります。
(今は、ブレーカとか分電盤の製造販売ですが、創業は「碍子・磁器製配線器具」でした。)

1300年の歴史があるといわれ、瀬戸市やその近郊の人たちの先祖は「せともの」に何らかの関わりがあったといえます。

そのことを今一度明確に認識する必要があると思っています。

次に「技術、伝統」ですが、後世に残さねばならない技術とは、「造型・上絵付け」などだと思いますが、共に「手仕事」です。

つまりは、「世界に二つとないモノ」であり、そうしたモノづくりの体験のできる環境も残さねばならないものだと思っています。


経済の高度成長につれ、多くのことを捨ててきてしまったことの反省に立ち、「大事にする」「継承する」「保管する」などの生活の見直しこそが重要なのかもしれません。

こんなことを考えています。


今後ともよろしくお願いします。
Posted by 伊藤保徳 at 2010年11月18日 09:59
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