2010年10月12日

システム化批判

企業経営の現場で日常的に言われていることの一つに、「仕組みを作れ」とか「システム化をせよ」というのがある。
間違いをなくしたり、効率を高める常套手段である。
そのシステム化を再考させられる記事があった。


このブログでもたびたび紹介している『インタビュー 領空侵犯』(日本経済新聞10月11日)である。

今回は、玄侑宗久氏(作家・福聚寺住職)が、「システムに頼りすぎるな。もっと心を活発に働かせるべきだ。」と述べている。

とても印象的な発言がある。
《私に関係が深い分野では、葬祭紹介業も営む流通大手が今年5月に公表したお布施の目安なるものが大変な物議をかもしました。これもシステム化の弊害といえるでしょう。》

(インタビュアー)ただ、目安が欲しい人もいるかと思いますが・・・。

《お布施は葬儀の際の読経や戒名に対する対価ではありません。定まった価格などあるはずもなく、百人いれば百通りあるのがお布施の本来の姿です。
どうしたらよいのか戸惑う人はいるでしょう。
しかし、どうしたらよいのか思い悩むこと自体がとても大切だと思います。》

《禅では人間の心が活発に働くことが大事だと考えています。しかし、システム化が進むと、どうしたらよいのかあれこれ思い悩むことがそもそもなくなってしまう。心が死んでしまうのです。
社会が変質し、余裕が失われ、人々が逡巡(しゅんじゅん)するのを待てなくなってきているかもしれません。》


振り返ってみるに、システム化に頼りすぎのように感じる。

このことで余裕をなくしてしまっていることも感じる。
働く人たちが精神的障害を起こしている一因になっているのかもしれない。


「あれこれ思い悩む」ことが、「心を活発に働かせる」ことになることをはじめて知った。
人間はやはり、「思い悩むこと」や「あれこれ考えること」がとても大切なのである。

しかしながら、仕事の日常の中でどのように折り合いをつけるかはとても難しい問題である。





posted by 伊藤保徳 at 11:01| Comment(2) | 経営に関して | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
日々の業務、大変お疲れ様です。

少し観点は違いますが、「思い悩む」ということから、「相手の心を読んでより先を考える」「先手を行く」という訓練では将棋が最適ではないかと思います。

その将棋の世界で、先日、女流王将がコンピューターに負けるという波乱が起きました。その「システム」を考えたのが公立はこだて未来大学の松原教授で、その手の数は何と10の224乗(仏教で言う阿伽羅に匹敵)だそうです。

「思い悩む」、も、ひとつの事を解決しようとした場合それくらいの解決方法の数があるのではないかと思います。

また、そのくらい考え方の方向がなければ、他人(ひと)を共感させることは出来ないのではないでしょうか。まだまだ私はダメですが、少なくてもその「システム」に近づけるよう努力したいと思います。
Posted by 武田 at 2010年10月15日 20:32
武田さん、コメントをありがとうございました。

「システム化に頼りすぎ・・・、いろいろ思い悩むことは意味がある・・・」に対し、「次の一手は無限にある」というようにイメージされたようですね。

私にはその発想がありませんでした。

実に前向きだと感じました。

これからもよろしくお願いします。
Posted by 伊藤保徳 at 2010年10月16日 10:26
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