2010年09月16日

仏教的禁煙法

10月1日からタバコの値段が大幅に上がる。
1箱300円位だったものが、440円ということで、愛煙家の中には、「この際止めるか」、という決意をする人もいることであろう。

私は、昨年8月の暮、のどが痛くて薬も飲んだが、喫煙を控えることにした。
それまでは、このブログ更新の時を中心に煙を揺らしていた。「気持ちが落ち着き、もの書きもはかどる・・・」などといっていた。

しかし9月1日からタバコをやめ1年以上が経過した。

「禁煙したんですか?」と訊ねられると、「イイエ、休煙中です」、と答えてきた。
実際今も机の上には灰皿とライターが置いてあり、いつでも喫煙できる状況にある。しかしながらタバコは吸わなくなった。

タバコを止めたいと思っているが、なかなか止められずにいる人からは不思議に思われている。
「どうして?」と訊ねられれば、「もともと、タバコが好きではなかったのでしょう」、と応じているが、どうも答えにはなっていないようだ。


私が喫煙しなくなった気持ちを説明したような記事があった。
中日新聞9月15日朝刊の「くらし」のページに、《ひろさちやのほどほど人生論》という欄がある。
ひろさちや氏は、宗教評論家であり仏教を初めとする宗教をとてもわかりやすく解説をされることで有名である。そのひろさちや氏が、『仏教的禁煙法 「吸わない」を蓄積』と題した一文があった。

氏が30年ほど前にタバコを止められたときの体験が述べられている。

一般的には「禁煙する」、といってタバコや灰皿などを遠ざけたり処分をしたりするる人が多い。
しかし、氏は、この逆をやったと言う。つまり、タバコを手にしながら「火はつけない、吸わない」という行為を続けたというのである。

つまり、「タバコを吸わない」、ということを意識し、蓄積をする・・・これが仏教的だという説明である。

仏教には、あらゆることを心の動きで説明する理論(唯識)があるが、その中で「阿頼耶識」(あらやしき)というものを考えているという。この「阿頼耶識」というのは、《われわれがした行為を貯蔵する場所》だと思って下さい・・・と。ひろさちや氏ならではの解説である。


どんな小さなことことでも、この「阿頼耶識」に蓄えられてゆき、やがては自己に定着するというのである。
つまり、「タバコを吸わない」ということを意識する、一日に何回も。そしてそれが貯蔵され、やがて定着をするというのである。

氏は、結果として6ヶ月ほどで禁煙に成功されたという。


タバコのことを「忘れよう、忘れよう」とするより、「私は吸わない」、と意識する事のほうが素直で、前向きのような気がする。


今も私の机の上に灰皿がある。
しかし、「私は吸わない」と意識をしてきた結果、無理なく止められたような気がする。

今度訊ねられたら、この「仏教的禁煙法」を紹介しよう。


posted by 伊藤保徳 at 06:49| Comment(2) | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
仏教的禁煙・・・
それでも なかなかできるモノではないのではないでしょうか?

『継続は力なり』
あるいは
今 タール3mgのを吸っていますが
『値上がりしたらタール6mgのモノにして吸う本数を半分にします』
と言ってる人間もいます

一挙に 1箱1000円か2000円にしてくれれば
辞めざるをえないのかもしれませんが・・・ 
Posted by OZEKI 純生 at 2010年09月16日 09:04
コメントをありがとうございました。

「仏教的禁煙」
初めて目にした言葉なので紹介しました。

これは、「禁煙をする」という決意をした人には参考になると思いますが、「喫煙は好ましくないなあ・・・」とか、「徐々に本数を減らそう」と思っている人には「?」がつく言葉のようにも思います。

それがまた仏教的といえるかもしれません。

つまり、「決断」の問題だと思います。
(決断に強い、弱いはあると思いますが・・・)


昨日東京で、15人の懇親会がありました。
灰皿を要望した人は3人でしたが、禁煙、タバコの値上げなどの、話題で暫く盛り上がりました。


ブログ拝見しています。
今後ともよろしくお願いします。
Posted by 伊藤保徳 at 2010年09月17日 07:02
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