2009年04月30日

本立ち

財団法人モラロジー研究所が発行している『道経塾』(平成21年5月号)の巻頭言に、「日本人の美徳と本立ち」という一文があった。

「本立ち」と書いて「もとだち」と読む。

初めて接する言葉であり、その意味を文中に求めた。
《「本立ち」とは、全ての価値判断の根源となる自信本来の面目を、不動の存在として確固たる真理に確立しているということであろう。》とある。

難しい表現で、意味がよくわからない。
広辞苑を見てみたら、こちらは至って簡単に、《草木の根ぎわ。草木の根もとの生いたち。》とあった。

こういう時は、文章全体を読み、自分なりに意味を認識するしかない。


この文章は、江戸千家宗家蓮華庵副家元の川上紹雪(じょうせつ)氏のものである。

内容は、昨今の経済危機で悪影響が顕在化している中、今年の「初釜」には例年より多くの来訪があったが、嬉しく思うと共に、来訪者が、日本人のアイデンティティを見直すきっかけとして、日本文化の原点回帰願望の発露ではなかろうか、という問題意識のもとで書かれているようだ。

江戸時代中期の代表的茶人の「川上不白」の理念にふれ、「茶の湯」の懐の深さを述べている。
その根本たる理念のことを「本立ち」というのであろう。

つまり、表面的な様相に惑わされることなく、「何が真実なのか、根源なのか」を認識し、それをふまえた上で臨機応変に対応することが肝要である、という主旨だと理解した。

残念ながら「茶の湯」については知識もなく、川上氏の言う意図が正確に受け止められていないかもしれないが、「ことの原点を忘れてはならないこと」、「ぶれない姿勢」の重要性はよくわかる。


氏は更に、「世界標準」という一律の価値観が国際社会に通用する唯一の是法であるという認識は大きな間違いであるとし、日本人の美徳とされる根源を再確認する必要があると説いている。

そして、ゆるぎない文化を確立している欧州を例に取り、《自国文化の優位性を強調しつつ、多言語多文化をの有用性を損なおうとはしていない》・・・と。

昨日、「自分を取り戻す」というタイトルで、書き込んだが、その思いとダブる。


しからば、川上氏の言う日本人の「本立ち」とは?ということになるが、この文章だけではよくわからなかった。

ただ、最後の文章は「なるほど」と感じた。

《日本語の曖昧さは、「暗黙の了解」を「以心伝心」「阿吽の呼吸」で察知しあい、あるいは「他人に対する思いやり」の心でお互いに「配慮」しあうという日本的な「情緒的思考」によるものである。

この情緒的思考は、文化面のみならず、日本人の気質、行動原理のあらゆる面にあらわれて、なかば支配的に存し、幕末開国以来、渡来した多くの欧米知識人を魅了する日本人の美徳を現出してきた。》


難しい「巻頭言」であった。


posted by 伊藤保徳 at 07:05| Comment(0) | 経営に関して | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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