2009年04月28日

「職場の教養」

昨日は第40回目の「暁楽習会」であった。

若手社員の希望によって、会社業績や経営課題を説明し、40分程度は『職場の教養』(倫理研究所発行)の読後感を発表してもらっている。

その発表に対して、質問や意見交換を行うのが現在の楽習会の概要である。

発足時は新聞や雑誌から、参考になりそうな記事を抜粋して解説したり、意見交換をしていたが、昨年の2月頃から『職場の教養』を活用している。

今日は暁地区での楽習会であったが、二人のメンバーから発表があった。

一人は、コミュニケーションについてのことであった。(4月27日、「和」)
彼は、先日終了した「異業種交流会」のメンバーでもあり、5回ほどの会合で「コミュニケーションの重要性」を再認識したようで、その時の状況を披露しながら、「自分の思いを、事情を全く知らない人にわかってもらうことはとても難しい」、ことを語ってくれた。

『職場の教養』には、「和」のタイトルで、「日本人は《和》を大切にする」、しかし「《和》を重んじて何でも同調するのはいかがなものか」、「相手に合わせることも大事だが、自分の考えを上手に伝える自己表現力を身につける必要がある」、という内容で、今日の心がけとして、《コミュニケーション力を高めましょう》であった。


議論は、「コミュニケーション力」の高め方に集中したが、私は「和を大切にする日本人」というところが気になった。我社の理念も「和」であるからである。

発言が一段落した後、「和」について考えを披露した。
そもそも「和」というのは、聖徳太子の十七条憲法に由来していること。そして、その第一条にある「和を以って貴しとなし」というのは、一条の初めの部分であり、後半には「十分に話し合いをして物事は決めよ」、と言っている。

つまり、「和」を大切にするということは、単に「仲良くする」ということではなく、十分な話し合い(コミュニケーション)をとることが重要であるということである。


正確を期すため、帰宅後その本を改めて読んで見た。(『日本史集中講義』井沢元彦著、祥伝社黄金文庫、2007.6.20初版)
本書では、《歴史は点と点の繋がりで見なければならない。結果が原因を生み、それがまた結果を生む》とし、憲法十七条をはじめ、秀吉の朝鮮出兵の理由、徳川の平和が何故二百年も続いたのか、などのことが書かれており、歴史を見直すキッカケになった本でもある。

さて、十七条憲法であるが、その第一条とは・・・(現代文に訳)
《第一条 おたがいの心が和(やわ)らいで協力することが貴いのであって、むやみにはんこうすることのないようにせよ。それが根本的態度でなければならぬ。

ところが人にはそれぞれ党派心があり、大局を見通しているものは少ない。だから主君や父に従わず、あるいは近隣の人びとと争いを起こすようになる。

しかしながら、人びとが上も下も和(やわ)らぎ睦まじく話し合いができるならば、ことがらはおのずから道理にかない、何ごとも成しとげられないことはない。》(中村元著『聖徳太子』東京出版より引用)

こんな具合である。

何故「和」が重要かということが、後半の文章で理解できる。


今日の楽習会では、ここまで詳しくは説明できなかったが、「コミュニケーション力」を高めるための技能のことだけではなく、「コミュニケーション」を深める意味も考えて欲しかった。


『職場の教養』は、一項目400文字程度の文章ではあるが、じっくり読み、考えたならば学ぶ点は数多くある。



posted by 伊藤保徳 at 06:13| Comment(0) | 人づくり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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