2009年02月23日

記憶より記録

日常的に良く使っている言葉に、「記憶より記録」というのがある。

「職場の教養」という小冊子の、今日(2月23日)の言葉が「記憶ではなく記録」である。
職場において、マニュアルなどに示されていないことが数多く発生する。それらに対処した結果を記録しておくことにより、それが職場の共有財産になるので、とにかく書き記す習慣をつけよう、という内容である。

「書き記す習慣」というのは、「メモをする」ということを連想するが、ここで言っていることは、「メモ」ではなく「記録」である。
「メモ」も記録の一つには違いないが、それだけでは財産として共有することは出来ず、記録化には工夫が必要だと思っている。


「メモ」といえば、会社の大先輩を思い出す。
社会に出て、最初のカルチャーショックであったことを思い出す。とにもかくにも「メモ」をされていた。加えて、「日記」も毎日付けられていた。

出張をされる時も鞄には必ず日記帳が入っていた。聞くところによれば、10代後半から付けはじめ、今までつけなかった日は一日もないとのことで、当時50歳だったと思うが、ビックリしたことを思い出す。現在も元気な様子であり、恐らく今も書き綴られていることであろう。


こうした上司のもとで、少なからず影響を受けたと思うが、私もメモはする方である。

ただ、「メモ」はどこまでいっても「メモ」で、記録とはイコールではない。

一歩進めて、「相手を意識したメモ」というものがある。
会社でいえば、営業マンの「日報」のようなものである。日々の出来事や活動内容の報告である。これは相手に理解されることが前提であるが、「メモ」の域をでないものも多く見られる。


「記憶」より「記録」である方が確かであることは言うまでもない。
私がブログを始めたのも、一種の記録化であるが、一番気をつけているのは、思ったことや感じたことを率直に言葉にすることである。

メモや記憶を辿りながら、思いを文字にすることで、一つの「物語」になる。それは、深く記憶することにもなるが、第三者が見ても活用することが可能であると思っている。


メモは自分のみが分る「符牒」のようなもので、それを整理して「記録」となる。その記録が、行動内容だけではなく、「狙い」と共に心の動きまで盛り込まれていたとすれば、大いに活用できることになる。
それこそ職場の共有財産である。
いや、共有財産になる前に、自分を磨くことになろう。


一日に一つくらいは「記録」すべきことはある。
「職場の教養」にある「今日のこことがけ」《気づきはすぐに記録しましょう》

全くその通りである。


posted by 伊藤保徳 at 06:43| Comment(0) | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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