2009年02月13日

考える

「致知」二月号の特集は、「富国有徳への道」で一番最初の記事は、牛尾治朗氏(ウシオ電機会長)と原丈人氏(デフタ・パートナーズグループ会長)の対談であった。

内容は、現在の行き過ぎた経済主義から、新たな公益主義を構築するべきである、というものである。目指す方向はお互い同じようだが、各論については両者の意見は殆んど違うという、珍しい対談であるという印象を受けた。


この中で、牛尾氏が、「ITは人類を滅ぼす」ということを語っている。
《私は、ITが出てきた時から、あれは人類を滅ぼすと思っていました。電話帳を引くようなものでね。要するに答えを求めて検索ばかりで、自分ではなにもものを考えていないわけですから。

インフォメーション(情報)というものは、それを集めて自分の中で整理してナレッジ(知識)にする。ナレッジを集積するとそこから自分独自のインテリジェンス(知性)が生まれる。そしてインテリジェンスに基づいて経験を積んでいく中でウィズダム(知恵)に達するわけです。人類を幸せにするためには、このインテリジェンス、ウィズダムを通じて技術開発の方向を決めていかなければ道を誤ります。》(P18より抜粋)


私は、「ITが人類を滅ぼす」ということまで考えていなかったが、インターネット社会となり、人々が考えたり、思い巡らすという行為が極端に減ってきたように思っている。

昨日名古屋で合宿研修を行ったが、会食の会場で同じようなことを感じた。
午後からの研修を終え、少しばかりのアルコールも用意し、リラックスしてもらおうと思っていた。場所は館内のレストランである。

ところが、数人が部屋備え付けの「浴衣」で出かけてきた。若い人達である。
「ラフな服装でよい」、といったが、部屋着でくるとは思ってもみなかった。(当人達には着替えてもらったが)

会食が始まりしばらくはそのことが話題となった。「常識がない」とか、「考えれば分るだろう」という意見の他に、「服装のこともよく聞いて参加すれば・・・」というものがあった。

若い人たちには、「教えてもらってない」、という気持ちが手に取るように分った。

「会食」の意味、外部の人も利用される「レストラン」で求められる立ち振る舞いや服装などなど。彼らにすれば、その意味を考える前に「正解」を安直に求めるのである。
まるで、ナビゲーターに指示されて運転をしているようなものだ。考えたり、思い巡らすことをしないのである。


牛尾氏の言葉が重い。
何でも「検索」で回答を求め、その通りに行う。これが人としての生き方だろうか?

考える機会を会社でも、自身の生活の中でも多くもつ事の必要性を感じる。


posted by 伊藤保徳 at 07:57| Comment(0) | 人づくり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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