2010年10月31日

地区の文化祭

毎年10月の休日はいろいろな行事があるが今年も慌しかった。
今日が10月最後の日曜日だが、地元「本地」にて本地会館祭りが開催される。

この祭りも今年で19回、私が初めて町内会長をした時から始まった祭りである。
なんでも、それ以前は10月には運動会が行われていたようである。
色々な事情があったようで運動会は止めになり、この本地会館祭りが始まったと聞く。

本地会館というのは地区の集会所であり、サークルなどの活動拠点にもなっている。
そこで、ここで活動しているサークルの成果発表や、伝統芸能といわれるものの披露などを中心に祭りが行われるのである。

言うなれば、地区の文化祭である。

会館内には保育園児の絵や水墨画、水彩画などの作品展示。
屋外に設置された舞台では、古くから伝わるお神楽や尾張漫才などの披露。

舞台前では、保育園児の遊戯やフォークダンスなども行われる。

そしてビンゴや福引大会も・・・


主催は本地自治会であるが、本地の将来を考える会も大忙しである。
自治会から昼食の五目御飯を全面的に引き受けており、関係者の昼食作りと共に、一般に販売もする。例年、親子農業体験事業で収穫したコメを使用している。

それ以外にも、無料振るまいのとん汁、有料のみたらし団子やフランクフルトなど屋台村も出店をしている。


いつも気をもむのは天候のことである。
今年は4〜5日前から、30日から31日にかけて台風直撃という予報があり、自治会執行部は本当に心配されたと思う。

祭りの主会場が屋外であり、開催の絶対条件は雨が降らないことである。
それが、台風直撃の予報では気が気ではなかったと思う。


我が地域にとっては幸いにも台風の影響はほとんどなく、昨日の午後から多くの人が準備に参加されたと聞く。(私は、大学院で講義があり今朝からの参加である。)


沢山の人に出かけてもらいたいものである。




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2010年10月30日

ノンアルコール

アルコール成分を全く含まないビール風味飲料が売上を伸ばしているという。

ビール党からは、「ビール風味というが、全く違う・・・」などと言われてしまいそうだが、私は結構気に入っている。
積極的に飲むほうではないが、宴会の中で一口いただく限りでは、ビールそのもののような気がする。

この、いわゆるノンアルコールビールについての記事があった。


「野村週報」の裏表紙に、『天眼鏡』というコラム欄がある。
その第3247号に、「酒飲みの人にオルニチン」というタイトルの一文があった。

《百薬の長と称される酒も、飲みすぎれば健康を害する。

世界保健機関(WHO)は、「アルコールの有害な使用を減らす世界戦略」を打ち出している。その中に、酒類の値引き販売や居酒屋の飲み放題サービスの禁止・制限も含まれているというから驚く。酒好きの人は、「タバコの次は酒が標的にされるのか」と、戦々恐々かも知れない。》

そして、アルコール成分を含まないビールの話である。


《4月に発売したキリンビール(株)の「キリン 休む日のAlc.0.00%」は、年間販売予定数を当初の40万ケースから80万ケースに上方修正した。

アルコールフリーというだけではなく、1缶当たり400mgの機能性素材オルニチン(しじみ900個分)を含む。オルニチンは肝機能向上の効果があるといわれ、人気が高い。》(後略)


ひと頃、休肝日を作れとやかましかった。
今は、その休肝日に「しじみ900個分のオルニチンの入った、ノンアルコールビールを飲む」のが流行る気配とか。


コラムでは、『こうした対処法も一種の健康増進策であり、国民医療費の抑制につながれば社会貢献でもある』と結んでいた。


自身の年齢や、体調に合わせながらお酒を楽しみたいものである。


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地域でのつながり

まちづくりの目指す姿の一つは「人がつながる町」だと考えている。

そういう考えに至ったのは、自身が具体的にまちづくり、地域おこしに携わった経験が大きいが、中でも平成14年に行った事業によるところが大きい。言うなれば、私のまちづくり、地域おこしの原体験といってよい。

この事業は、国土交通省主宰の「多様な主体の参加と連携による活力ある地域づくりモデル事業」である。
言葉を変えて言えば、「地域力の向上事業」ともいえよう。


瀬戸市の本地地域にあった自治会以下12の団体に声をかけ、このモデル事業に取り組んだ。
平成14年6月の設立総会から、地域の歴史勉強会、タウンウオッチング、アンケート調査などを経て「アクションプログラム案」を作成した。

そしてこのプログラム案に対する意見などを盛り込み、報告書としてまとめたのが15年3月のことであった。

ここから導き出された7つのプログラムは、「地域づくり活動そのもの」であった。
活動名称もいろいろ検討した。

1、地域をきれいに「ぴかぴか活動」
みんなで草刈やごみ拾いをしたり、花を植えたりして「ぴかぴか」で、きれいな地区を作ろう。

2、暮らし安心「とんとん活動」
近所の人が「とんとん」とドアをノックする音がいつも聞こえるような、安心な地区をみんなでつくっていこう。

3、自然と遊ぶ「遊・友活動」(ゆうゆう)
残された自然を維持しながら、もっと増やしていこう。川や森と遊ぶことを通じて友をつくろう。

4、農を楽しむ「ぺちゃくちゃ活動」
お百姓さんと「ぺちゃくちゃ喋りながら土に親しもう。

5、職住共存「やあやあ活動」
企業団地の人と、町内にすむ人が「やあやあ」と気軽に声を掛け合って一緒に地区のことを考えていこう。

6、歴史なるほど「ほうほう活動」
古老の昔話に「ほうほう」と耳を傾け、地区の歴史、風習、しきたりなどを探る、未来に伝えていこう。

7、仲良くなろう「ワイワイ活動」
地区の色々なイベントに参加して、みんなで「ワイワイ」楽しもう。


以上の通りであるが、7つ活動それぞれは大なり小なり続いてきている。
アクションプランを示してから7年以上になるので、このあたりで総括してみる必要はある。

一方では、これらの活動は、「まちづくり」「地域づくり」の基本であることを再認識もできた。


そういう意味から、私自身の目指す「まちづくり」である。


posted by 伊藤保徳 at 06:33| Comment(0) | 街づくり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月29日

駄菓子屋さん

「駄菓子屋さん」・・・懐かしい響きである。
昔は、町のあちこちにあったように思うが、今はほとんど見かけない。

私の子どもの頃は、一日の小遣いが5円とか、10円とかであった。
そのお金を握り締め、駄菓子屋さんに行ったものである。
大いに迷った挙句に飴などを買い、ほんの少しだがおまけをしてもらうととても嬉しかった。

店のおばちゃんと話をするのも楽しかった。
それが駄菓子屋さんだった。


先日、この駄菓子屋さんの記事を目にした。会議所ニュースの10月21日号である。

新津商工会議所青年部が、まちなかに駄菓子屋をオープンさせたが、一ヵ月半で来店者が1万人を超えた、という内容の記事であった。

どこの町でも同じような問題を抱えているようだが、衰退が続いている中心市街地を活性化させようと、空き店舗を活用して駄菓子屋を開設したという。
一見、どこにでもあるような話だが、一ヵ月半で1万人以上の来店があったということはニュースである。
どんな仕掛けをされたのか、興味津々である。


《ショーウインドーには、ミニSLや懐かしい郵便ポスト、木製の電柱などが展示され、レトロな雰囲気を演出した店構えとなっている。

店内には、100種類以上の駄菓子たおもちゃが所狭しと並んでいるほか、もんじゃ焼きやナポリタン、昔懐かしい揚げパンなどをリーズナブルな値段で味わえる飲食スペースの設置されている。

小さな子どもでも楽しめるよう木製の滑り台などが置かれた畳敷きの遊び場なども設けられ、子供たちを中心に、多い日には1日400人を越える来店者がある。》

以上のような紹介であるが、今ひとつ成功の秘密が分らなかったので、ホームページを見てみた。


成功の要素は、この店の「名前に込められたコンセプト」であると感じた。
『昭和基地一丁目 C57(しごなな)』という店名。
「昭和基地一丁目」というのは、何となく分る気がする。つまり懐かしき昭和雰囲気を持った店ということであろう。分らなかったのは「C57」である。

ホームページにはきちんと説明があった。

まず「C57」というのは、新津市のシンボルであるSLの名前とのこと。
それを、「しごなな」と読ませる。「C」はコミュニティー、コミュニケーションのこと。そして「57」というのは「こな(粉)」のこと、つまり、もんじゃ焼きやたこ焼きなどの「コナモン文化」を表している。

駄菓子屋さんという空間。
そこは、懐かしき昭和の時代。世代を超えたコミュニケーションがあり、素朴な食べものがあった。それらを楽しみながら一つのコミュニティーを作り上げたのである。

更には、そのコミュニティーには、「五つの掟」と「三つの禁」が設定され、交流を深めながら思いやりの精神を学んでもらおうとしている。
この点は特に素晴らしいと思う。

《お店の「きまり」を守って楽しく遊ぼう!》
『五つの掟』
1、元気に笑顔で挨拶すべし
2、仲良く楽しく遊ぶべし
3、自分でお金を払うべし
4、後かたづけをすべし
5、「ありがとう」と言うべし

『三つの禁』
1、携帯電話・携帯ゲームは使わない
2、飲食物は持ち込まない
3、タバコは吸わない


シャッター通りに、店をオープンするだけでは活性化にはつながらない。
「C」がポイントのようである。





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2010年10月28日

読書週間始まる

読書週間のあることは知っていたが、10月27日から始まったことは知らなかった。

「致知出版社 おかみさん便り」(メール)に紹介があったことと、日本経済新聞の全面広告から知った。

「おかみさん便り」には、読書週間のことが簡潔に紹介してあった。
《読書週間の第1回目は、戦争の傷痕が残る昭和22年11月17日だそうです。

2回目からは文化の日を中心に2週間、(10月27日〜11月9日)と定められ、その後読書週間は全国に広がり、日本の国民的行事として定着して、日本は世界有数の「本を読む国民の国」になりました。。

日本の復興を願う人々により、「読書の力によって、平和な国家を作ろう」という決意のもとにスタートし、回を重ねて今年は64回目。世界有数の「本を読む国民の国」とまでいわれた日本の今の現状はどうでしょう・・・》


胸にグサリとくるメッセージであった。
「読書週間」と聞き、それに関しての具体的な活動は何もしていない。国民的行事と言われているのも関わらずである。恥ずかしい限りである。

「読書週間」という言葉、私にとっては遠い昔のことになってしまっていたようだ。
小学生や中学生の頃、この読書週間に因み「読書をし、感想文を書いた」ことは記憶にある。

父親の影響だが、小さい頃から身近に多くの本があり、読書は好きなほうであった。それは今も続いている。


こんな訳で、読書週間と聞いて改めて読書を考える機会になった。


日本経済新聞の全面広告は、明治大学の齋藤孝教授のインタビュー記事であった。
読書について、「目からウロコ」の内容である。

本は読むもの・・・。こんな風に思い込み、スピードや冊数にこだわり、結果として「読書から遠ざかっているのでは?」
こんな前提に立ち、齋藤教授独特の発想が紹介してある。
大いに参考となった。

・本を飾る。
・本を読むというより、著者の言葉に耳を傾けることを意識する。
・その本の内容を語る、という意識を持つ。

身近に本を置き、本に触れる生活をするようにすることが根本のようである。
そのためには、通勤・通学の途中に「寄り道できる本屋」をつくることを勧めている。
これも本に触れる生活の一部であろう。


読書を目的化しないことであろう。


posted by 伊藤保徳 at 06:35| Comment(0) | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月27日

政治の責任

ごく些細な事ではあるが気になっていることがある。

みのもんたの「朝ズバッ」という番組がある。
格別ファンというわけではないが、朝食の時間にはほとんどこの番組をみている。

数日前の事だが、「朝刊見出し」についてのコーナーで、高齢者医療保険のことが取り上げられていた。
自民党時代に、「後期高齢者」などという不思議な言葉が登場、物議をかもし出していたが、このたび新しい保険料負担の内容が示された。この事に対する論評である。

テレビ画面には、「現役へのしわ寄せか・・・」などというコピーがあった。


私が気に留めたのは、当日のコメンテーターの発言である。

みのさんからの問いかけに対し、「誰がどれくらい負担するか気になるところだが、《現役へしわ寄せ》というのは問題だ。こんな風に考えるようになった日本社会は問題であり、これこそ政治の責任である」、と発言があった。

更に続いた。
「お年寄りの医療について、現役である若い世代が喜んでその負担をする」、こんな社会にするべきであるとの意見であった。

なんでもまずは反対、自分のことは棚に上げ対案を述べない批判。
こんな現況の中で、「お年寄りに感謝し、面倒を見させてもらえることは喜び」、というような発言は実に清々しかった。
まさに、そうあるべきである。


このコメンテーターの発言に、みのさんも「なるほどねー・・・」と、次の句が出なかった。

このやり取りに気を留めた人が何人いるかわからないが、わたしは大いに共感した。


ただ、この事象が「政治の責任であるか否か」、それはもっと考えてみる必要性を感じる。
一見そうした風潮は「教育」がつくっているようにも思える。

「孝悌」という言葉がある。
「父母に孝行をつくし、よく兄につかえて従順であること」という意味だが、これは人としての「職分」(人としての役割)である。親孝行から発展して「お年寄りを大切にする」ことにつながっている。

教育などと身構えるものではなく、ごく「当たり前の」ことなのである。


お年寄りの面倒見ることが、「しわ寄せ」などというようになった主要因は分らないが、マスコミが「それはおかしい、本来は喜んでする事、させていただく事だ」、と言い続ければ良いのである。

視聴者の興味を引くことばかりを考えることから、ことの正義を主張するスタイルを確立してもいい頃合かもしれない。


こんなううに考えると、やはり「政治の責任」なのかも知れない。


posted by 伊藤保徳 at 20:50| Comment(0) | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

まちづくりの原点

一昨日の25日は、は三回目となる「伊藤やすのり後援会」の集会を開催した。
二回目と同じパネルディスカッションという形態であったが、多くの人に集まってもらえた。
一回目から連続出席してもらった人も二人ほどみえるが、大半は毎回異なった人であり、草の根活動も少しづつ広がっているように感じる。

今回は、パネルディスカッションに入る前に10分間の挨拶時間をもらった。

折角集まっていただいたので、私のまちづくりに対する原点を説明し、瀬戸のまちづくりに対する思いをより具体的に描いて欲しいと考えたからである。


私がまちづくりに興味を抱いたのは、地域活動の仲間に入れてもらったことがキッカケである。
一番最初は、厄年行事への参加である。
地域(本地)内の厄年の面々が、年末の神事に参加、そのまま八幡社に籠もり、火を焚きながら新年を迎えるのである。

年が明けると初詣の人達が本地八幡社に大勢お参りにくるが、そうした人達にお神酒やお菓子を振舞い、厄を少しづつ引き受けてもらうというものである。


この行事は、地域特有のもので、多くの人達のお世話になってで運営できているのである。

それまでは、会社一筋の生活であったが、この行事に参加して「今のままではいけない」と思った。
何とか地域に役立つことをと考えていたら、4月からの町内役員の順番が回ってきた。

町内の役員を選ぶに当たり、前年度の人たちからいろいろ説明を受けたが、自ら町内会長を引き受けることにした。


あれから二十数年になるが、地域のこと、まちづくりに関することなどいろいろと勉強をさせてもらった。

数多く経験をさせてもらいながら、だんだんと欲が出てきた。
そして、「わが町瀬戸市を良くしたい・・・」という気持ちで市長立候補の決断をした。


経験したことは、少しアレンジさえすれば瀬戸のまちづくりににそのまま使えると思っている。

それらは今後、紹介していこうと考えている。


posted by 伊藤保徳 at 04:45| Comment(0) | 街づくり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月26日

デザイン教育

一昨日、高校の先生からメールをもらった。

この先生とは、数年前まで愛知県立愛知工業高等学校の教頭先生であり、もともと同校デザイン科の先生であった。
私と同年であり、民間企業から高校教師に転じ、デザイン教育に心血を注がれた人である。

同校の定年時には、多くの教え子達が「先生卒業式」と銘打った、大規模なパーティーが催されるなど、みんなからとても慕われてもいる。私自身も、デザイン科同窓会の会長という立場もあり、十年数年前から親しくさせてもらっている。

その先生からのメールで、「読んでみて下さい・・・」と、二つのレポートが添付してあった。
早速読ませてもらった。


「デザイン教育に携わるスタンス」 「デザイン展(卒業制作展)における講評会の実施」という二つのレポートであった。

今年から起工業高校デザイン科の非常勤講師になられたが、授業のない8月、自己研修として提出されたレポートとのことであった。

二つのレポートは、独立しているものの、論点は「高等学校デザイン教育のあり方」であり、自身の体験を踏まえての提言になっている。


読んでみて、「今は、こういう先生がいなくなってしまったなー」、と感じた。

しかし、デザイン教育はこうあるべきだと率直に感じた。
それは、先生が実践されてきた「卒業生の活用」である。
「活用」という言葉が不適切かもしれないが、「学生達に刺激を与えるために、多くの卒業生の力を借りる」ということである。

それは、デザイン業界最先端の情報提供であったり、高度なテクニックの披露だったり、デザインへの熱情であったりする。


その通りだと思う。
卒業生の数だけ「教材」があるといってよい。
これはデザイン教育のみならず、工業高校全体にいえることでもある。

工業高校の存在意義の一つに、「職業意識の醸成」というものがあると思う。
それを効果的に行うには、職業人と接し、話を聞くこと、あるいは職場体験をすることである。

もっともっと卒業生を活用すべきだと思う。


活用された卒業生が、自身の職業に一層の誇りを感じることはいうまでもない。


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2010年10月25日

「ともいき」

いつの頃からか、「共生」という言葉がよく使われるようになった。
これは一般的には「きょうせい」と発音しているが、「ともいき」と表現することを初めて知った。

10月22日中日新聞に2面に亘った特集記事(全面広告)があったが、そこで「ともいき」のことを知った。


新聞記事は、来年の法然上人の800年大遠忌にあたり、浄土宗が法然上人とその教えを偲ぶさまざまな記念事業を実施している事を伝え、その中の一つである『法然共生(ともいき)フォーラム』の様子を詳しく紹介している。
フォーラムは、先月17日名古屋にて開催されたとのことである。

第一部は、「ともいきがたり」と題し、梅原猛氏(哲学者)の講演。
第二部では、「ともいき談義」と銘打ち、パネルディスカッションが行われ、それぞれの内容が紹介されている。


梅原氏が「共生(ともいき)の思想」について述べている。
昭和12年名古屋の東海中学に入学、そこで当時名誉校長だった椎尾先生の「共生の思想」という講演を、大変感激して聞かれた由。それが今のご自身につながっているという。

その内容が紹介されている。
《「共生の思想」は、法然が最も尊敬した中国の僧・善導の「諸々の衆生と共に極楽浄土に往生しよう」という思想によりますが、椎尾先生は、あの世に行くばかりではなく、この世においても人々は共生しよう、人間だけでなく植物も動物も共生しようという思想を持っていました。》

そして、椎尾先生の歌を紹介しつつ、「ともいきの思想」がここにあると説明されている。
『ともいきの くさ木虫鳥なごみして いかにめぐめとみほとけはのる』
『人息も くさ木の息と共なれば この身さながら あめつちひろし』


難解な説明もあるが、言葉の響きから感じることは、「きょうせい」には理性を感じるが、「ともいき」という響きは日本人にとても合っているように感じるし、感性的である。

自然との「共生」(きょうせい)とは?
このように問われてしまうとつい理屈で答えようとしてしまう。

しかしながら、人は草木や虫などと、「ともいき」なんだ、一緒に生きている、といわれたならば、「ハッと気が付き、納得できる」ものである。

これが理性と完成の違いなのであろう。


ともかく、せっかく知った「ことば」なので、大切にしたいものである。

「ともいきの思想」とは、日本人の心の底を流れているもの・・・そう思っている。


posted by 伊藤保徳 at 06:35| Comment(0) | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月24日

稲刈り

本地の将来を考える会の自主事業の一つに、「親子農業体験・本地の米づくり」がある。

6月の田植えから始まり、一通りの米づくりを親子で体験してもらおうというもので、1年間のプログラムである。
もともとは、若い人達とか、新しく転入された人たちとの交流が目的で始めたものだが、今や純粋にコメを作っている。参加者は小学校低学年までの家族である。

数年前から、若いお父さんの参加が目立つようになった。
始めた頃は、若い母子の行事のようであったが、今は「親子農業体験」になってきた。

今年、とても微笑ましい家族の参加があった。
若い親子に、おじいさんが混じっての参加である。

農作業(田植え、田の草取り、稲刈り)は「個人作業」が基本だが、9月に行った「かかし作り」完全な協同作業。家族それぞれがキチンと役割を担っての作業は、見ていてとても微笑ましかった。


さて今日は、その家族も参加しての稲刈りがあった。
今にも雨が降り出しそうな天候。
予報では、「夕方からは雨」といっていた。

今年の稲刈りは、秋祭りの日程の影響もあり、例年より1週間程度遅くなってしまった。

開始時間の午前9時には、15〜6程度の家族が集合された。

3〜4歳の子供たちも稲刈りへの参加意欲は旺盛であった。

この地域での稲刈りは自動化が進み、今や鎌で手刈りをするようなところはない。
しかし、あくまで「農業体験」であり、自分達の手でやらなければ意味がない。

とはいえ、250坪程度の稲田を全て手刈りをするとなれば相当な時間がかかる。
しかも素人である。
従って、半分程度はコンバインで処理をしているのである。


刈り終え、脱穀まで行って作業は終了。
休憩をしながら、「かかしコンクール」の成績発表と表彰と続いた。

9月にかかし作りを行い田に設置をした。全部で8体であった。
隣接する保育園の園児達に一役買ってもらっている。かかし毎の人気投票である。

そして、獲得票数の多い「かかしの制作家族」を表彰させてもらっている。


かかし完成時の記念写真を額に入れてのプレゼント。
勿論、大きく「優秀賞の文字」が入っている。
あとは、副賞として心ばかりの品をつけている。

この種のことは、金額の多寡ではないことを感じる。
家族、そして子供たちにとても喜んでもらえることが嬉しいものである。


雨が落ちて来ない内に全てのことを終わることができた。

小さな子どもたちが「鎌」を使っていたが、一つのケガもなく終えられたことは喜ばしい。

「疲れはしたが、また来年も・・・」そんな気持ちである。


posted by 伊藤保徳 at 16:02| Comment(0) | 街づくり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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