2010年07月31日

経営精神の劣化

今日、7月31日は大学院での授業の最終回である。
私が担当しているのは「経営システム研究」であるが、6月、7月の土曜日午後(3時間)に8回行なう事になっている。

社会人対象の大学院であり、授業やゼミは平日夜間と土曜日が中心である。

この「経営システム研究」は昨年に引き続き2回目になるが、内容は「私の考える日本型経営」であり、自身の経験をベースに目指すべき姿を解説している。
企業経営は、人材の登用、育成、活用に尽きるが、その前提として「企業目的や経営理念の明確化」、「健全な経営精神」が重要である。
こうした事を「システム」として捉え、実際の経営活動との対比を行っている。

比べる対象は「我社の経営活動」であり、私の経験である。


さて、最終回の今回は「創業と守成」というテーマで、先週までの7回をまとめたいと考えているが、それとは別に1冊の本を紹介しようと思っている。それは、『経営の精神』ー我々が捨ててしまったものは何かー(加護野忠男著、生産性出版、2010.3.15 第1刷)という本である。

日本型経営を語るとき、最も根本的で重要であることは「経営精神」だと考えており、この2ヶ月間授業と併行しながら読んだ本である。著者は神戸大学経営学大学院教授であるが、1997年の夏、名古屋学院大学大学院で教授の授業を受けたことがある。

講義内容は殆んど忘れてしまったが、「経営における精神の重要性」を説かれたことは記憶にある。
その翌年に発病され、長い間療養されていたと聞く。


本の内容だが、副題にあるように、日本企業がアメリカ型経営手法に翻弄され、本来持っていた「経営精神が劣化」している事を指摘。今後どうすべきかの提言をしている。

まずは企業の存在意義を考え、三つの経営精神のダイナミズムこそが重要であるとしている。
その三つの経営精神とは、「市民精神」「企業精神」「営利精神」のことであり、そのバランスが肝要であるという指摘である。

しかし現実には三つの経営精神は劣化しており、それが日本経済低迷の要因の一つになっているのである。

授業で紹介したいのは次のことである。
「市民精神」・・・社会や職場のルールや約束を守り、真剣に仕事に取り組もうとする勤勉さ、克己心ならびに柔順さ。《このことが衰微している現実がある》

「企業精神」・・・何ものかを追い求め、さまざまな障害を克服しても志を成し遂げようとする精神である。闘争心、志を実現しようとする強靭な意志。《これもまた弱体化している》

「営利精神」・・・抽象的な利益にこだわり、そのために合理的判断を働かせようとする精神、自分自身の利益をもとに考えようとする自利の精神である。《いまや、度を越えた営利主義が横行している》


こうした現状に対し、「経営精神の復興」が述べられているが、私が7回にわたって話してきた「精神」と大きく違わないと思っている。

@アメリカ流アプローチは通用するか
A厳しい競争に身をさらす
B事業の絞込み
C経営精神の可視化
D経営者の自信回復
E企業へのコミットメントを高める
F会社統治制度の再改革
G経営教育の見直し

以上の項目の中で、特に興味を持っているのは「企業へのコミットメントを高める」である。

コミットメントを高めるために「ミッションの再設定」という項目がある。つまり、企業の存在理由を再設定するということ、それは「市民精神の源」にもなりうるし、働く事の精神的拠り所にもなると思う。
倫理経営でいうところの、「喜働精神」である。


こんな考えで今日、最後の授業に臨むつもりである。




posted by 伊藤保徳 at 06:49| Comment(0) | 経営に関して | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月30日

目指すべき目標

先日、書籍紹介のところで少しだけ触れたが、ビジネスマンを対象とした「TOP POINT」という月間情報誌がある。
毎月10冊程度の書籍紹介があり、これをキチンと読めば毎月10冊の本を読んでいるといっていいほどである。忙しい人にはうってつけである。

私は紹介のあった書籍の内、毎月1〜2冊は購入しているが、あらかじめ概要を読んでいるので、読みきるの早いし、記憶に残ることも多い。私もこの情報誌を重宝している。
(参考までに、発行は「株式会社パーソナルブレーン」で、1年間(12冊)の購読料は12,600円である。)


さてその8月号のトップに紹介されているのが『デフレの正体』(藻谷浩介著、角川書店、2010.6.10)という本である。
内容は、今の日本経済の停滞を、「内需の縮小結果」であるとし、その背景は「就業者の減少」という構造的な問題だとしている。その上で、日本の目指すべき目標を示し、達成のための具体策も論じている。

興味を持ったのは、「目指すべき目標とその達成策」である。

示してある目標は次の三つである。
@生産年齢人口が減るペースを少しでも弱める。
A生産年齢人口に該当する世代の個人所得の総額を維持し増やす。
B個人消費の総額を維持し増やす。

日本は総人口の減少局面に入っているが、就業(生産)人口の減少スピードはより早いのが実情である。


そして、三つの目標夫々の達成策は・・・
@高齢富裕層から消費性向が高い若者への所得移転を行なう。
具体的には、企業は年功序列賃金を弱め、若者の処遇を改善する。政府は生前贈与を促進する政策を実施する。

A専業主婦など有償労働をしていない女性の就労を促進し、企画や経営に参画する女性を増やす。

B訪日外国人観光客・短期定住客を増加させる。


とても具体的な内容である。
企業として、年功序列賃金は随分弱まってきているが、「消費性向の高い層」の処遇改善というのは面白い施策である。又、女性の就労機会の拡大も検討に値する提言である。

三つ目の、観光産業についても「民間」でも出来そうな内容である。


地域のために「役立ちたい」と考えている企業は確実に増えている。
まちづくり活動も、従来のように「行政と市民(あるいはNPO)」とで行なうことから、「企業」を加えて取り組めば、もっと違った施策が生まれることだろう。


『デフレの正体』というタイトルだが、私には「就労」を軸にしたまちづくり提言であると感じた。


posted by 伊藤保徳 at 13:36| Comment(0) | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

活動のPR

倫理法人会の活動(勉強や奉仕活動)はとても意味ある事だが、その中でも普及活動は重要なものである。

ただ、この普及活動は「会員の増大」という、短絡的目標を達成する事のみに奔走するのは問題だと思っている。(会員数を目標にすることが悪いわけではない)

愛知県では今月末(明日)までに、3300社達成という大きな目標のもと、各地の法人会で努力されているところである。

瀬戸市倫理法人会では、倫理活動の普及策をいろいろ検討しているが、アイディアの一つに『職場の教養』のラジオ放送というものがある。

『職場の教養』とは、社団法人倫理研究所が毎月発行しているもので、会員には一口に付き30冊配布されている。内容は、純粋倫理に適う事例が毎日一項目づつ紹介されている。450文字ほどの短い文章であり、職場の朝礼で輪読したり、朗読して感想述べたりして活用されている。

因みに今日7月30日は、「言行一致の威力」というテーマで、ある管理者の部下育成について書かれている。言っている事と行っていることが一致すれば指導力も高まるという内容である。

「そして今日の心がけ」として、《足元の実践に励みましょう》とまとめられている。
この小冊子、今では月160万部発行されているのである。


紹介したように、わかりやすく具体的な内容であり、これを毎日数分間放送すれば、倫理運動の理解者はもっと増大するという考えである。幸い地域には、コミュニティーFMがあり、是非行おうということになった。

しかし、「待った!」がかかってしまった。理由は、「内容の著作権?」の問題。何となくだが「納得できない」気持ちが残った。

そんなことがあって1年ほどになる。
その後、役員の一人がこの事について粘り強く交渉を重ねていたが、このほど条件付でOKが出たようだ。


こうした活動こそが本物の《普及活動》だと思うし、その先に「会員増大」がある。


放送では、『職場の教養』の朗読を中心に、我々の活動もPRしていきたいものである。
一人でも多くの賛同者、実践者の増えることを願ってやまない。




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2010年07月29日

読書術

7月28日の日本経済新聞に、2ページにわたる広告があった。
日本経済新聞社クロスメディア営業局の「企画・制作」とあり、一般的な広告とは違うようだ。

数日前に書いた書籍紹介で紹介した広告と同種のもののようである。

今回の広告は『松岡正剛の読書術』と銘打ち、本の読み方についてのアドバイスが中心であった。
私は、松岡正剛氏のことを殆んど知らなかった。(名前は聞いたことがある。)

新聞によれば、今、インターネット上で、文学、経済、芸術などあらゆる分野の書評を行い、セールスにも多大な影響を与えているという。又、自らプロデュースする松丸本舗では、リピーター続出のユニークな書棚空間を作り出しているとのこと。
その松岡氏が、『今、読むべき本はこれだ!』と、20冊の本を紹介している。

タイトルだけ見て感じた事は、「とても難しそうな本」という印象である。
しかし、読んでみたいと思う本もある。
例えば、『アングロサクソン・モデルの本質』株主資本主義のカルチャー(渡部 亮著、ダイヤモンド社)である。
私は日本の企業経営にとって「アングロサクソン」の手法は否定的な考えを持っている。

この本に興味を持ったのは、その考えを確固たるものにするためにも、本質を知る事は必要だと思うからである。

これ以外は、「?」である。


さて、もう一方のページには「松岡正剛の読書術」と題した談話が載っていた。
この内容がとても面白い。

「勉強は読書から・・・」とか、「本を読まないと・・・」などと、とかく読書を崇高な営みのように捉えているが、まずはこの事を否定している。
松岡氏の考える読書とは、《もっとカジュアルなもので、かつ、日常生活の中に根源的にあるものと見たほうがいい。》というもの。更にはスポーツとも似ているという。

スポーツに似ているとは、「鍛え方」のこと。
フィジカル、メンタル両面を鍛え、《本を身体になじませる》ことが肝要であると説いている。
簡単に言ってしまうと、「フィジカル面」では、身近に本を置く、常に持ち歩く、など。「メンタル面」では、本に疲れた場合のことが述べられている。

《本に疲れた場合、大抵の人は、読書をやめてしまう。でもそれでは、読書のメンタルタフネスは鍛えられない。むしろその本に疲れたら、別の本を読むといい。読書の疲れを読書で癒す。最初は負荷を感じるかもしれませんが、必ず読み続ける。ここを乗り越えると、読書が確とした技術になってきます。》

このところは妙に納得した。
私自身、日常的に数冊を、同時並行的に読んでいる。
それで読書に疲れたと感じた事はない。


又、《読書の本質はコミュニケーションそのものである》と述べているのも興味深い。

第三者に向って声にだして本を読んでみる。
この時の、声の出し方、声の大きさなどが、「日常的なコミュニケーションスタイルと同じ」だという。

また、目次を読み内容を理解するということは、著者や編集者とのコミュニケーションである、とも述べている。


今まで考えても見なかったことである。


趣味と聞かれて即座に「読書」と答えている。

ただ、この記事を見てもっと深めていく必要を感じた。



posted by 伊藤保徳 at 06:31| Comment(0) | 人づくり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月28日

北川民次芸術

「バッタ」という名の機関紙がある。
「北川民次のアトリエを守る会」が発行している機関紙だが、先日31号(2009.11)と32号(2010.05)が送られてきた。2009年度の活動報告と決算、それに2010年度の計画書と予算書も同封されていた。

この「会」には随分前にご縁をいただいたが、催される行事にはなかなか参加することができず、賛助会員として少しばかりの会費を納めさせてもらっている。そんなことから年に1回、機関紙を送ってもらっているのである。


機関紙の名前の「バッタ」は、北川画伯の代表作であるとともに、好んで描かれたようだ。
この世界に詳しい人なら、「北川画伯=バッタ」なのである。

その第31号に、興味深い記事があった。
それは、「やきものづくりの瀬戸とアトリエ保存の意義を探る」と題したインタビュー記事であった。

愛知県立美術館副館長、村田真宏氏が語っている。
北川アトリエの保存とその将来について、二つの考えを示されている。

1、北川芸術が生まれた場所として
先生は瀬戸の町で生活され、町の人々と深く交流し、アトリエは素朴なせともの工場跡を改造したもの。その雰囲気を好まれて制作されていたが、日本の洋画家の中では特筆すべき作家だと思います。
作家の制作現場として貴重であるだけでなく、北川芸術の原点を知る上で価値あるもの。

2、せともの工場と住居としての文化財
往年の瀬戸の町工場の雰囲気がそのまま残されている。せとものづくりの現場としての文化財的価値と北川芸術を生んだ原点とを結んだ貴重な施設として、瀬戸市の文化財にされるような運動を進めてはどうか。


瀬戸の古いせともの工場が「北川芸術の原点」とのこと。
芸術がわかるとかわからないという次元を超え、率直に「すごいものが我が町にある」と感じるべきである。

現在はごく限られた人達によって保存され、年2回公開されている。
しかし、市民の関心は決して高くない。
残念な事である。

「文化財登録」への活動を始め、まずは市民に注目をしてもらう。
北川芸術はもとより、「せともの(やきもの)工場」の文化的(観光資源)価値に目覚めるべきである。


陶磁器産業が衰退し、その存続が危ぶまれる状況にある。
古い工場や土地を「不動産」という経済的尺度だけでみるのではなく、文化的価値という視点を持つべきである。
まちづくりの観点から、極めて重要な視点である。

これは行政も積極的に関わる必要があるとおもうのだが・・・。


posted by 伊藤保徳 at 14:45| Comment(2) | 街づくり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

道をつくる

瀬戸市倫理法人会が発足したのが、2007年8月13日のことであった。
まずは50社の会員でスタート、名称も「準倫理法人会」であった。2008年3月には会員が100社となり、晴れて「倫理法人会」を名乗るようになった。

私は発足時から名を連ねている様に思われがちだが、実は社長の代理で参加をしていた。
従って、発足時より副会長を拝命しているが、当時の「辞令」は、当社社長に下されたものであった。

3月の正倫理法人会の発足からは私が職位を拝命しているが、その頃より毎月1回、講話を担当するようになった。この「役員サロン」で時々に思った事、感じた事を書き綴っていたので、「そんな内容でよければ・・・」と、引き受ける事にした。

1年位はブログで取り上げた事について話をしていたが、「経営者モーニングセミナーの講話」として適しているかどうかも考え、昨年春頃から、人間学を学ぶ月刊誌として有名な「致知」の特集を講話のテーマにする事にした。


自分で言うのはおこがましいが、講話の格調が上がったように思う。

それまでもレジュメは用意していたが、自身の体験談の域で、普遍的な理論などは殆んど紹介することができなかった。
今は違う。

理論的なことは「致知」から引用し、それに純粋倫理の視点と自身の体験を交えた内容にしている。
レジュメの構成はパターン化できたものの、具体的内容をつくるのは一苦労である。
大変ではあるがとても勉強になるのも事実である。


今朝のモーニングセミナーでの講話は私の当番。
テーマは『道をつくる』であった。「致知」7月号の特集でもある。

今回は個別の記事を取り上げるのではなく、「総リード」(編集長の「特集」に関する所見)を中心に、話を始めた。

今日の講話で主張したかったことは、「道を開いたとか、道をつくった人」のことを褒め称えるのが一般的だが、人のつくった道を黙々と歩むのも人として立派な生き方であるということである。
「道をつくった人」においても、まずは他人のつくった道を歩みはじめ、やがて工夫をし、己独自の道に作り上げたといえよう。

このように考えると、「道をつくる」ということが随分近くに感じるものである。


私自身の体験として、「我社の道」を考え、創業者、二代目、そして現在三代目の経営姿勢について次のように紹介した。

「創業者」は、信用第一を旨とし、誠を貫いた人であった。それは、「道を拓いた」人であったといえる。

「二代目」は、創業者の思いを大切に、事業の道、経営の道筋をつくった人(「道をつくった人」)であった。

そして「三代目」は、先代の方針や価値観を踏襲し、工夫を凝らし新しい道を模索しているところである。
つまり、先代のつくられた道をまずは歩んでいるのである。
三代で、道を「拓く」、「つくる」、「歩む」と継続しているのである。


こんな内容の話をしたが、我社の事を「道」という言葉で整理してみて、新たに気づいた事もあり、後輩達に伝えてゆかねばならないとも感じた。
企業経営の究極は「永続的発展」といわれるが、まさに「道を拓き」「道をつくり」そこを歩む。
歩みながら工夫をし、新たな道の発見、そして拓く。
まさに、これの繰り返しである。

こうした考えがどこまで伝わったのか?
いつも心配をしながらの講話である。


posted by 伊藤保徳 at 12:12| Comment(0) | 人づくり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月27日

書籍紹介

子どもの頃から本は好きな方である。

読むのは小説よりも、経営学とか人間学に関するものの方が多い。
但し、海外に行くとき持参するのは殆んど時代小説である。それも池波正太郎作品が中心である。

毎月2回くらい本屋に行くが、それ以外に新聞の「書籍紹介」も一通り目を通すようにしている。
もう一つ、月刊で「TOP POINT」(トップポイント)という、新刊書の紹介本があるが、これは10年以上購読している。

このトップポイントでは、1回10冊程度の紹介があるが、1冊につき4ページ(B5サイズ)にわたる解説があり、これをしっかり読めば本を購入しなくても十分に内容の把握ができるといってよい。
ビジネスマン向けの本が中心であり、これを熟読すれば「毎月10冊」の本を読んだことになる。忙しい人にはお勧めである。


さて、新聞での書籍紹介はさまざまである。

今まで気がつかなかったが、日本経済新聞の今日の夕刊に、「最新の出版トピックス」という欄があった。
2面3面の下段。下3段は一般的な「書籍広告」。その上に2段のスペース(2ページ)をとり、『PAY DAY(給料日)には本を買おう!』というタイトルがついていた。

出版広告特集の文字もあり、「読みたくなるような紹介」である。
わずか200文字程度の紹介だが、なかなか良い。特に見出しが素晴らしいと思った。
今日の夕刊では6冊の紹介があったが、印象的であった3冊の「書籍名と紹介の見出し」は次のとおりである。

・『誤解されない話し方 説得力より納得力』 梅田悟司著、講談社、880円
《会話の8割は誤解!誤解されない思いの伝え方》

・『子どもが喜ぶ「論語」』 瀬戸謙介著、致知出版社、1470円
《子どもが驚くほど変わる 人気授業の書籍化》

・『刑事眼』 三沢明彦著、東京法令出版、1890円
《敏腕記者が描く 本物のプロの技と心意気》


書籍紹介をキチンと読む事は勉強になる。
同時に、知的好奇心をくすぐるものでもある。






posted by 伊藤保徳 at 22:01| Comment(0) | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

美点発見

昨日出社したところ、机の上に2枚の書類があった。
共に、倫理法人会関係の書類であったが、1枚は「モーニングセミナーの案内書」、もう1枚は「今週の倫理」(2010.7.24〜7.30 674号)であった。

案内は、28日のモーニングセミナーのものであったが、講話は私の担当である。
2ヶ月程前に日程は決められるが、その日が近づかないとなかなか準備はできないものである。今回も、日曜日にレジュメを作り上げた。あとは配布用にコピーをするだけである。


さてもう1枚の「今週の倫理」であるが、今回のテーマは『自分の心が貧しいから 美点を発見できない』であった。

内容は、鈴木氏(どこの方なのか素性はわからない)が友人に誘われて「面白いセミナー」に参加、大きな衝撃を受け努力を重ねている、というものであった。
その「面白いセミナー」の内容がポイントである。

そのセミナーで、「今日は自己診断をやってみましょう」と、用紙が配られた。
その用紙には、『妻の欠点を30個挙げて下さい』と書かれており、講師の合図で書き始めたという。
鈴木氏はいろいろ考えているうちに不思議とペンが走り、次から次へと面白いようにでてきたという。

何となくわかる気がする。

しばらくして講師から、『奥様の欠点の用紙は裏返しにしてください』と言い、新しい用紙が配られたのである。
今度は、妻の美点を思いつくまま書き出してくださいとのこと。

先ほどとは違い、なかなか思いつかなく、「やめ」の合図がかかるまでに7個ほどしか書けなかったという。


講師からのまとめは、次のようなものだった。
《私たちは努力しなくとも相手の欠点は見えるものです。それに比べて、相手の美点はというものは、相手にあふれるような愛情をもって必死にじっと見なければ、なかなか見つけることはできないものです。

厳しい言い方をすれば、奥様に感謝の心が欠けている人には、奥様の美点を探すことはできないでしょう。奥様に美点がないのではなく、それを探すことのできない自分の心が貧しく、人の愛情を愛情として受けとめられない人間であることを知ることです。》・・・と。


講師の話は衝撃的である。
胸に手を当ててみるに、思い当たるのである。

「部下の良いところをみつけ、褒めるようにしている・・・」。これは管理者がよく口にする言葉である。しかし、「奥様の美点と欠点」を考えた時、多くの管理者が、欠点の方をより多く挙げるのではなかろうか。(実際に試していないので推測の域をでない)
日本人は、身内を「卑下する」ことが奥ゆかしいと誤解している節もあり、よけいにである。


自分対相手、という関係から見れば、「奥様」も「部下」も同じである。

改めて、「相手の美点発見に努力しているか」を自身に問うべきだと思った。

好ましく思う相手の事は、「美点のカタマリ」である。
まさに、「アバタもエクボ」であり、「自分の心」次第である。

posted by 伊藤保徳 at 09:13| Comment(0) | 人づくり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月26日

千秋楽

異例尽くめではあったが、大相撲名古屋場所は昨日千秋楽であった。
この場所は、多くの話題があり、大相撲ファンでなくても注目が集まった。

このブログでも場所中数回取り上げたが、これは「大相撲問題」があったからだけではなく、我が瀬戸市に相撲部屋が来たからである。随分前のことであるが、近くの神社に「押尾川部屋」が来ていたことがある。しかし、いつしか来なくなった。

今年から尾車部屋がみえることになった。
私の家の近くである。
場所の提供者とは以前から面識もあったことから、「ちゃんこの会」にも誘ってもらった。
そして昨日は千秋楽。

力士の慰労を目的とした「会食」に参加した。
テレビニュースなどで見るあの「打ち上げパーティー」である。

初めての参加であったが、思いのほか女性が多い。そしてひときわ大きいお相撲さんがいることで、会場がとても華やかであった。

ただ、「開宴のご挨拶」があり、来賓挨拶と続き、尾車親方の挨拶を聞いていて、今までの千秋楽とは随分違うことを感じた。特に親方の、『今後一生、忘れることのできない場所でした』の一言がとても印象的であった。


先の「ちゃんこの会」の時、運良く親方の正面の席となり、現役だった頃の稽古や作法の厳しさを懐かしそうに語られた。しかし、時代が変わり、同じようなやり方が通用しないことや、一連の不祥事についての無念さなど、改革への道を模索している様子でもあった。
親方の人柄なのであろう。

その親方が今年の名古屋場所を「忘れることのできない場所」と表現された。

推測ながら、千秋楽を次なるスタートにするという決意をされたのであろう。


料理を戴きながら思った。
大相撲というのは、濃密な人間関係が支えているということを。

この世界から「人のつながり」や「情」をとってしまい、マネジメントやガバナンスの理論を振りかざしての改革は好ましくないと思う。

改革といううと、欧米生まれの手法が使われることが多い。何となく説得力はあるが、しかし、それでいいのだろうか。


私は今、日本型の企業経営を研究しているが、欧米で生まれた各種の手法についての「日本化」が必要だと考えている。異なる文化圏で生まれたものをそのまま日本に持ち込むべきではないと考えるからである。

ガバナンスについても十数年前から議論され、「大企業」では導入が進んでいるが、それは形式的で手続きや文書管理ばかりが増え、とても生産的とはいえない。

ではどうするか、と言うことになる。

絶対に変えてはいけないことは「伝統文化の理念」である。
まずはこれを再確認し、徹底することである。
これを守り続け、更に反映させるための手段、方法は時代に合わせて変えるべきである。

まさに、「不易流行」の実践である。


「忘れられない場所」を、懐かしく語ることのできる日が、一日も早く来ることを願っている。


posted by 伊藤保徳 at 06:51| Comment(2) | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月25日

真似て伸びる

学ぶことの初めは「真似る」ことだと言われる。
「真似る」は「学ぶ」に通じるのである。

私は高校が「デザイン科」であり、1年生の実習といえば専ら「模写」であった。
一番記憶に残っているのは、鳥羽僧正の「鳥獣戯画」の模写であった。とにかく「現物どおり」に描くのである。(現物と言っても本物ではなく模写用の見本である。)
仕上げでは、「虫食い跡」や「シミ」なども見本どおりに再現し、素人目には見本そっくりだった。

日本ではあまり見かけないが、海外の美術館では学生らしき人が模写をしている光景に出くわすことが多いものである。


この真似る(模写)は、技術を高めることに役立つと思うが、同じ真似るにしても「尊敬する人」とか、「理想の人」を真似る場合は、技術だけではなく態度や姿勢、考え方にまで及ぶことがある。
これは、一つの「人間形成」だと思っている。

その昔、子どもの頃に「本を読むなら伝記物を・・・」と言われたことがある。
これは、自分が進むべき道を「偉人」に求めさせようとしたものである。つまり、「肖る人」を持つということで、その人の真似から入るということなのである。

真似ることは学ぶこと。
そのこと自体その通りだと思っているが、マリナーズのイチロー選手の「真似ること」に関する、彼特有の考えを聞いたことがある。

一流選手が作り上げたフォームは、真似をしても役にはたたないというのが一般論である。
しかしイチロー選手は、「何かを真似しようとするときは、一番成長できる可能性がある」 「真似をするときは、そこにヤル気がみちている。ヤル気こそが人を伸ばす」・・・と。

なるほど・・・と、納得できる考え方である。


人が成長しようと思ったとき、目標とする人の真似をするのは、ごく普通のことかもしれない。
要は、そのことに徹することができるかどうかである。

されど、「真似よう」と思う気持ちは(自分も他人も)大切にしたいものである。


posted by 伊藤保徳 at 18:03| Comment(3) | 人づくり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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