2010年05月31日

白内障の手術

昨年12月頃より目のカスミが始まり、だんだんと見えにくくなった。

2週間ほど前に、知り合いの眼科医院を訪ね検診をしてもらったところ「白内障」と診断された。白内障は、加齢とともにレンズが白濁するそうで、手術で治るとの事であった。

検診の時、視力検査をしてもらったが、左目は「視力なし」の状態。
「もっと早く来なければ・・・」と、叱られてしまった。
その翌日、手術のための検査をしてもらい今日が手術であった。

朝9時30分に病院に行き、簡単な検査を受けた後病室にて待機することになった。一応入院ということである。
「部屋でゆっくりしていて下さい」、との事であったが、血圧、脈拍、体温の検査、そして目薬、注射と、なかなか忙しい。

手術が始まったのが午後1時であった。
所要時間は30分くらいであったが、大変苦労されたようであった。

聞けば、レンズの劣化が進み弾力が無いために取り外すのに時間を要したとの事であった。「まぶしい」ことと、「眼球を動かさない」ことの難しさはあったが、痛みも無く簡単な手術であった。


午後3時半に退院。

自宅に戻ったが、今日だけは頑丈な眼帯がしてあり、新聞を読むにも不自由している。
ブログの更新も、片目ではこの程度である。


明日、病院に行き、この眼帯を外してもらうことになっているが、どれくらいよく見えるようになるか楽しみである。




posted by 伊藤保徳 at 20:56| Comment(4) | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

しごと塾

いつ頃設立されたかは知らないが、瀬戸市産業振興会議というものがある。

「規約第3条・目的」には、《本会は、瀬戸市の産業全般の振興を図る立場から、活力ある豊かなまちづくりを実現するために必要な施策を検討し、その実現に努めることを目的とする。》とある。

この会議の22年度総会が先週金曜日に開催され出席をした。

私の立場は、瀬戸商工会議所の機械金属部会代表(部会長)ということで会員の一人になっている。
会長は瀬戸市長で事務局は市役所の交流活力部産業課の担当となっている。

瀬戸市の「産業全般」を対象とする会議体であり、ともすれば範囲が広すぎて活動内容がわかりにくいというのは否めない。
事業報告を見てみると、@「産業支援センター」による、産業支援・交流事業 A情報発信事業 B産学・連携事業 C人材育成・雇用促進事業 などで、個別的にいろいろなことが行われている。


事業の中で興味があるのは「人材育成」である。
その中に『せと・しごと塾』がある。これは瀬戸市の主催ではあるが振興会議として「共催・協賛事業」として行っている。

市民を対象として、地域の需要や課題をビジネスの視点でとらえた「地域ビジネス」の創業に必要な知識を、座学と実践の両面から学ぶ機会を提供している。
今年で3回目となり、25〜6名の応募があるとの事である。

私は今、この「地域ビジネス」に大きな関心を持っている。

「地域の需要や課題」、これをビジネスの視点で捉える。
このこと自体問題があるとは思わないが、いきなり「ビジネス」といってしまうの些か急ぎすぎのように思っている。
「ビジネス」という言葉には、「仕事」という意味の他に「商売」というニュアンスもあり、「利益獲得」が前面に出ることを望ましく思っていないからである。

「地域の需要や課題」、これらに市民が取り組むにはまず「困りごとの解決」という姿勢が必要のように思っている。つまり「地域ビジネス」とは、「地域に役に立つ」「人が喜んでくれる」・・・というスタンスが必要だと考えている。

こう考えると、「それはボランティア?」という人がいるがそうではない。
必要な費用や適切な報酬をいただきながら「地域に役立つ」「人が喜んでくれる」事を目指すべきである。



「せと・しごと塾」の内容を詳しく知らず、的外れな指摘かもしれないが、瀬戸市が掲げている「自助・共助の地域づくり」を促進するためにも、「地域ビジネス」のありようを瀬戸らしいものにしてもらいたいものである。



posted by 伊藤保徳 at 07:20| Comment(0) | 街づくり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月30日

水俣の祭り

みなまたファンクラブからのお知らせメールが届いた。5月15日第31号である。

「暮らしの情報」の中に、水俣の祭りへの参加者募集の記事があった。
「恋龍祭」(第55回)と「競り舟大会」(第35回)の二つである。共に古くからある祭りである。

 

水俣の祭りといえば、8月18日の「桜ヶ丘観音の大祭」が年々盛大になってきているが、町全体の祭りといえば「恋龍際」と「競り舟」だと思う。

我社の九州工場(水俣市桜ヶ丘)が操業を始めたのが昭和53年のこと。
瀬戸地区の工場で長期にわたって研修をしていた社員が、水俣に帰り九州工場で働きはじめた。丁度その頃から「恋龍祭」や「競り舟」にも参加していたのである。

みなまたファンクラブからのお知らせメールを見ながら、当時の事を思い出した。

私は二つの祭りに参加したり、直接見たことはない。
しかし、工場にパレードで使った神輿があったり、写真などを見せてもらい、その様子を詳しく教えてもらったことがある。
また、工場敷地内に「競り舟用の練習機」のあったことも覚えている。


こんなことを思い出しながら、今の工場長に「祭りの概要」「参加のキッカケ」「参加しなくなった理由」そして「今後は?」と、4つの質問をした。
ほどなく返事があった。

まず「恋龍祭」とは・・・
昭和31年に水俣港が国際貿易港に指定されたことを機に、「水俣港祭り」として始まり、昭和61年に幅広い人が参加する市民の祭り(恋龍祭・水俣港祭り)として今日に至っているという。
昭和31年が第1回とすれば今年は第55回となる。

何故「恋龍」なる名称が付いたのか?
説明が無く、一つ疑問が残った。

「競り舟」とは・・・
明治30年、長崎のペーロン大会に影響され始められたようだが、昭和30年頃には行われなくなったようだ。しかし、昭和51年に復活し今日に至っているという。この時から数えて今年35回目となる。

昭和53年に工場が操業したが、当時の社員の年齢は20代後半であり、元気一杯の工場であった。コアとなるメンバーは、瀬戸での研修や経験で大きく育ち、技能もチームワークも抜群であった。

町を大いに盛り上げようと、こうした行事には積極的に参加をした。

しかし、年齢の高まりや仕事が忙しくなりいつしか参加をしなくなったのである。
昭和55年頃から景気は上昇傾向、昭和が終わるまでは右肩上がりの景況であった。


さて、今回改めて「今後はどうするのか?」と訊ねてみた。

連絡メールによれば、工場の課長達と相談ししたところ、「再度水俣を盛り上げよう。今だから出よう」、とまとまったとのこと。
私は大変嬉しく思い、「本社からもできるだけの支援をする」という返信メールを打った。


「祭り」ではあるが、会社として参加するには大きな決断が要る。
良くぞ決めてくれたと思うし、工場長や課長達に敬意を表したい。

景気も悪く、「祭り気分になれない」こともあろうが、こんな時だからこそ「気分を変え」、できる範囲で参加をする。社員である前に水俣市民の一人として、大いに盛り上げてもらいたいものである。

もともと祭り好きの人間が揃っており、動き出せば凄いパワーを発揮してくれると期待をしている。


posted by 伊藤保徳 at 07:33| Comment(0) | 街づくり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月29日

青年部会

社団法人瀬戸旭法人化には、幾つかの部会があるがその中の一つが青年部会である。
昨日、第33回の青年部会総会があり、招かれて出席をした。

法人会の会員で、50歳未満の会員で組織されており、現在の会員数は53人である。

総会では、前年度の事業報告と決算報告、今年での事業計画案と予算案を審議するが、それ以外に、「卒業生」の紹介がある。
50歳になると卒業とのことだが、今年も7人の卒業があった。
私からも、「長い間ご協力、たいへんありがとうございました」、とお礼を述べた。

卒業により、会員が7人減ったが、替わりに6人の新入会員があり、差し引き1の減員となった。


青年部会では、法人会が担うべき「公益事業」の多くを担当してもらっているが、中でも「子ども達への租税教育」「納税意識高揚のための番組放送」(コミュニティーFM放送)は、注目度も高く大きな成果をあげている。

昨日、総会後の懇親会でいろいろな話が出たが、「子ども達への教育」や「地域貢献」について熱心である理由の一つがわかったような気がした。
PTAの役員経験者が多いのである。従って、問題意識のレベルもとても高いのである。


話をしながら感じたことだが、青年部会の人たちの、「職業」や得意技」をもっとキャリア教育に生かせないかということである。

「自分の職業を通じて社会に貢献する」、というのはロータリークラブの活動理念ではあるが、若い人達の仕事に対する情熱や問題意識は「聞いてみる価値」が十分あると思った。
「仕事に対する誇り」「純粋に技術を高めようとする姿勢」「次元の高い問題意識」などなど、素晴らしい内容であった。

少しアレンジし、「子供にわかる話」にすれば興味は倍増するだろう。


大きなエネルギーを感じた。
それを活かさないのはあまりにももったいない。

法人会の青年部会であり、「租税」に関わる活動を促進するのが本意ではあるが、部会員である前に瀬戸・尾張旭の市民である。
地域のため、子ども達のために持っている力を最大限発揮してもらいたいものである。

楽しくも、ワクワクする青年部会懇親会であった。


posted by 伊藤保徳 at 14:38| Comment(0) | 街づくり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

労働災害減少

5月28日、瀬戸労働基準協会の平成22年度通常総会があった。
会長ということで、開会の挨拶、議長、表彰、そして懇親会開会の挨拶と、大忙しであった。

二回の挨拶があり、同じような内容では能がないと思い、総会のときは「労働災害」、懇親会のことは「少子化問題」について述べた。
「少子化問題」は、25日に開催された社団法人愛知労働基準協会総会の折、愛知労働局長が話された内容であり、別の機会の紹介したい。


さて、労働基準協会の設立目的は、「働く人たちの安全と健康を確保する」ことであり、そのための情報提供や研修機会の提供を行っている。
会員事業所の規模は千差万別であり、ニーズも大きく異なるため、画一的な方策は何の役にも立たず、きめの細かいサービスをしなくてはならない。

このあたりが協会運営の最も難しいところだと思っている。

この目的を実現する活動の目標は、5〜6年前は「労働災害ゼロ」というようなものが多かった。労働災害は「結果」であり、活動目標には適さないと思っていた。
労働局も大きな意識改革があり、「労働災害の要因」に焦点を当て、その要因を除去することにより災害件数を減らそうという活動に変わってきた。

それが、「リスクアセスメント」という活動である。

瀬戸労働基準協会でも、数年前からこのリスクアセスメントの普及を狙いとした研究会を発足させた。今後も協会事業の柱にしていくつもりである。


瀬戸労働基準監督所管内における昨年度の労働災害状況であるが、死亡災害1件を含む156件であった。平成20年に比べ、死亡災害は1件の減少、全体では33件の減であった。

労働災害が減少傾向にあり、誠に喜ばしいことではある。
しかし、手放しで喜べないのは昨今の経済状況である。つまり、産業活動の低調による災害の減少ということである。
私としては、もっと活動を活発化し、災害ゼロを目指す思いを言葉にした。

もう一つの見方がある。
昨年の死亡災害1件は、過重労働による死亡災害、つまり過労死であった。産業界全体の傾向であるが、生産性や効率向上を追及するあまり、「労働の質」が大きく変わったといえよう。つまり同じ8時間労働でも、その疲れやストレスは比べものにならないほどだと思う。

そうした中での長時間労働は、心身への負担を高め作業の安全性確保に重大な影響を与えているかもしれない。

こう考えると、今後精神的な要因による災害が増えていくと思われる。
昨年の「156件」も、こうした視点で分析すると、新しい傾向が発見できるかもしれない。


こんな内容の挨拶をした。


総会終了後、監督署長に挨拶をいただいたが、やはり「労働災害」について触れられた。

「労働災害の減少傾向」に対し、産業活動の低迷も影響していると思うが、各事業所の努力の賜物であるとの言葉。大変ありがたく戴いたが、それを証明するためにも、今年の統計に注目したい。


posted by 伊藤保徳 at 10:15| Comment(2) | 経営に関して | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月28日

友人のブログ

随分前から気になっていたが、やっとたどり着いた。
昨日の夜、その友人の『街の化粧品屋の旦那のブログ』を始めて見た。

http://ameblo.jp/cosme-hataya/

本人は、瀬戸市倫理法人会の会員であるが、自己紹介のスピーチもユニークで、一度で覚えてしまったほどである。
その後、モーニングセミナー後の食事の時にいいろいろな話を聞かせてもらっている。

今や、会にはなくてはならない存在で、「広報物の制作」を一手に引き受けてもらっている。


ブログの内容も「ほんの些細なやり取り」が書かれており、人柄を彷彿とさせている。
2008年12月より、更新数が猛烈に増大、累計で700件を超えている。

自己紹介の所に、「座右の銘」と「好きな言葉」が載せてある。
「座右の銘」・・・・・「不徹」
「好きな言葉」・・・・「棚からぼた餅」「一石二鳥」「果報は寝て待て」

自己紹介のスピーチの時の触れられたと思うが、改めて見てみてふと、「老子・荘子」のイメージが湧いた。

「一所懸命がんばる」とか、「志を高く掲げ邁進する」、というイメージとはほど遠く、世の中、あまり肩に力を入れるのではなく、「ゆったり、ゆっくり生きていけば・・・」そんなイメージである。

今、「論語」がブームのようだ。
孔子は、「君子」のあり方を説いているが、その対極にあるのが「老子・荘子」である。

その違いを正しく解説できるほどの知識を持っていないが、「孔子は人のありよう」を説き、「老荘思想は生きる道」を説いていると言われている。
人の生き方であり、ある面とてもしたたかでもある。


老子の言葉を一つだけ紹介する。

甚愛必大費 多蔵必厚亡 (老子四十四章)

「甚だ愛すれば必ず大いに費え、多く蔵すれば必ず厚く失う」

地位に執着しすぎれば、必ず生命をすりへらす。財産を蓄えすぎれば、必ずごっそり失ってしまう、という意味だそうだ。
つまり、『欲はほどほどにしたい』、ということである。

その友人は、何ごとにものめり込むことは少なく、淡々とそして飄々と生きておられる。


百聞は一見にしかず、是非一度訪問されるとよい。


posted by 伊藤保徳 at 15:06| Comment(0) | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

先輩達との交流

我社には「カワムラ交友会」というOB会がある。
我社に勤務されていて、退職された人たちの会であり、大切にしている集まりの一つである。

毎年1回の総会があり、活動内容や役員を決めたりしている。

その総会が昨日の夕方からあり、招かれ出席をした。
といっても、私は「交友会」設立以来、毎回必ず出席をし、会社の近況について説明をしている。この時期、前期の業績や今期の重点活動も明らかになっており、先輩の方々に説明するにはとてもよいタイミングである。

また、総会後の懇親会も楽しみの一つである。

社員食堂の2階に懇親の席を用意し、近況の報告と共に昔話に花を咲かせている。
このスペースは、本『役員サロン』のトップページ上段の写真でもあるが、トップの強い思いのこもった施設でもある。

2階は普段は昼休みには喫茶ーコーナーとして開放されているが、こうした懇親会の時にも利用できるようになっている。
食堂で調理担当をお願いしている「魚国」さんに、パーティー形式の料理を用意してもらい、アットホームの中にも「豪華さ」を出してもらっている。


昨日の総会では、「交友会事業をもっと充実すべし」、という意見が出され、懇親会ではその内容についての意見交換で大いに盛り上がった。

先輩の人達が、思いのほか会社の事を心配してもらったり、喜んでもらったりしている様子を見るにつけ、もっと多くの情報提供があっていいと思った。質量共にである。

こういうと、「情報の提供」が目的化してしまい、ただひたすらに情報を提供しがちだがそうではない。
本会の狙いは「交友」にあるということである。
何といっても「直接的な交流機会」を持つことであり、もっと増やすことであろう。

ただ、難しい問題もある。
「交友会」の会員が全国にみえるということである。

「交流の場」は、どうしても会員の多い地域ということになり、瀬戸市になりがちである。総会も毎回瀬戸市(我社の本社)で開催しており、遠隔地の会員の参加は難しいのである。
従って、目的を達成するために、画一的な事業ではなく、「地域ごと対応」の可能性を早急に検討することにした。


こうした先輩達との交流は、後輩である我々にとってかけがえのないものである。

会社の文化伝統を実感する意味からも、交流の場に今の社員も参加できるような企画を考えてみたいと思う。

「工場単位で行う行事やイベントには、必ず先輩達をお招きする」
こんなことからスタートしてみてはと考えている。


posted by 伊藤保徳 at 06:57| Comment(4) | 人づくり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月27日

ブレない生き方

以前から興味をもっていたが、田母神氏の著書を1冊購入した。
『ブレない生き方』(田母神俊雄著、主婦と生活社、2009、8、10第1刷)という本である。

田母神氏とは、前幕僚長で2008年アパグループ主催の懸賞論文へ応募した作品が、日本の過去を正当化する内容で、政府見解と対立することが問題視され更迭、退官した人である。
時の総理大臣は麻生さんであった。

私が何故興味を持ったかといえば、更迭になった理由が「論文の内容」、ということであり、言論の自由とはいえ、立場によっては自由ではないということを改めて感じたこと。
もう一つは、退官以後、田母神氏は精力的に講演を行っていることだが、会場はどこでも満席になるということを聞いた。

更には、月刊誌「致知」で、渡部昇一氏が田母神氏の論文とともに人物を高く評価していたのである。

つまり、日本の歴史認識の問題である。
我々の受けてきた歴史教育は果たしてどこまで真実であったのか、大きな疑問を持つ私としては、興味は膨らむばかりであった。


さて、『ブレない生き方』という本であるが、《田母神流》と記してあるように、著者自身の「生きてきた姿」を紹介した内容である。それが「まさに、ブレない生き方」であり、結果として更迭されたが些かも間違ったことはしていない」、と断言されている。

共感の持てる生き方である。

田母神氏のようにはできないまでも、「ブレないこと」は大変重要だと思う。
どうすれば「ブレない」のか、興味のあるところだが、「強い信念を持つ」ことが基本となろう。

その信念というのは、「使命感」とか「目的意識」というものからなり、その達成のためにあらゆる努力を惜しまない強い精神力・・・これらの総体を「信念」というのであろう。

『ブレない生き方』を読み、田母神氏の生きざまにそんな思いを持った。


さて、更迭の原因となった「論文」であるが、日本近代史の認識間違いを指摘した内容であったようだ。

東京裁判、南京大虐殺,従軍慰安婦などなど、いわゆる戦後教育で一貫して教えられてきたことは「日本は悪い国」ということ。
しかし、真実を知れば知るほどそれは間違っており、「日本ほどいい国はない」、これが田母神氏の基本認識である。

私はそれほどに深い理解をしているわけではないが、実業界での経験を通じ、日本の企業経営こそは世界の模範になりうると考えている。
ただそれは、高度成長期を経て「良さを見失ったり、捨てたり」してきたことも事実である。


我が国にもっと自信を持ち、大切にする心を育てるためにも、キチンとした歴史認識をもつことが重要であると思う。

それが、「「ブレない生き方」をするための第一歩のような気がする。


posted by 伊藤保徳 at 10:24| Comment(0) | 人づくり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月26日

脳が若返る

毎年5月は「総会」シーズンだが、昨日は社団法人愛知労働基準協会の平成22年度の定時総会があった。

今から11年前、瀬戸労働基準協会の会長拝命と同時に、この愛知労働基準協会の理事就任ということになっており、総会への出席も11回となる。

総会の前には定例理事会、総会後には愛知労働局長の講話と講演会があった。
この次第は、11年前から全く変わっておらず、毎回の楽しみは「講演会」である。今回は、浜松医科大学名誉教授の高田明和氏であった。

演題は、個人的に大変興味のある「脳が若返る」であった。

講師は、昭和10年生まれとのことであったが、見た感じは若々しく感じた。
心地よいテンポ(少しゆっくり目)と歯切れの良い言葉で、時間の経つたつのを忘れるほどであった。勿論内容がよかったことは言うまでもない。


印象に残ったことを1〜2紹介する。

・人間の脳細胞はどんどん成長する。
以前、人間の脳細胞は「妊娠後期」には出来上がり、その後の成長は無いというのが一般的な学説であったという。しかしその後の研究で、「神経間細胞は増える」ことが証明された。その細胞を「海馬」という。

「海馬」は、年齢と共に衰えはするが、次のようなことを心がければ70歳くらいまでは増え続けるという。それは、
@身体を動かす。(歩いたり、指をよく動かすことは効果的。)
A一人になる。(ストレスから回避する時間を作る。)
B趣味を楽しむ。(囲碁・将棋・麻雀などは効果的。)

適度な運動、楽しんで「頭を使う」、というのはなんとなく理解できるが、「一人になる」というのは意外であった。
「ストレス回避」ということだが、ようは、「怒り・恐怖・不安・恐れ」といった「ストレス要素」を、思ったり考えたりしないということなのである。

このことを「心のもちよう」で切り抜けようというものである。


そこでもう一点。
・人の心はもともときれいなものである。
《心をきれいにする・・・さすれば幸せになる。》
心を(澄みきった青空のように)きれいにするには?

@考えない時間を持つ。
A過去を思い出さない。

解説を聞きながら、それは「拘らない心」だと思った。
考えたり、いろいろ思い悩んだりする毎日であるが、それこそがストレスの要素だという。

だからそれを取り除いたらいいという。しかしそれはとても難しいことである。
「考えない時間」をもつことなど出来るだろうか。
「過去を思い出さない」ことなど出来るだろうか。

こんな風に考えてしまった。


講師の淡々とした話に、少し酔ってしまったかもしれないが、「脳は成長させることが出来る」、それは結局「心を成長させること」、つまり「品性」を高めることに他ならないと感じた。

「心」が思考や行動を支配しているということは、純粋倫理や人間学の勉強を通じて、理解が深まってきている。
そのことを、「脳科学」の見地から検証し、確証が得られたならば、若い人達に伝える時、とても効果があるように思う。

講師は医学博士であるが、その著書は「心」を扱ったものが多い。
・『心と体がととのう「天台小止観」』
・『幸せを生む〈魔法〉』ブッダのことばと瞑想法
・『念ずれば夢かなう』
・『人生に〈定年〉はない』山岡鉄舟・清水次郎長に学ぶ
・『運勢をひらく〈般若心経〉の処方箋』など。

出版は何れも「春秋社」である。


私にとっては大変興味深い事柄である。


posted by 伊藤保徳 at 11:32| Comment(0) | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月25日

買い物難民

先週テレビで「買い物難民」なる言葉を聞いた。
始めて耳にする言葉であり、何のことかと思っていたら、家の近くにあったスーパーが無くなり、日常の買い物に大変苦労しているというリポートであった。

その人たちの事を「買い物難民」と呼んでいた。
耳への響きはあまりよくないが、今、600万人もいるとのことである。

高齢化や商業施設の大型集中化が進み、大きな社会問題になりそうである。


昨日のことであるが、私の友人が久しぶりに瀬戸市内に出かけたが、商店街の空き家の多い事を嘆きながら、「買い物難民」の事を口にした。
彼も、そのテレビを見ていたようである。

そのリポートとは違うが、「買い物難民」に関連した話である。
にある過疎地で買い物に容易に行けない人達の為に、自分の軽トラックにいろいろな商品を積んで集落を巡回していたという。ボランティア活動である。

しかし、自身も高齢となり、車も随分と痛んできた。そこで、誰かこれを引き継いでくれる人がいないか探している、という話もしてくれた。


私は、この問題を解決するのは「公」の力でできるものでは無く、「共助」の精神をベースにした「利益を目的としない活動主体」に協力を願いたいと思っている。
あるいは、この問題を解決するために「起業」してもらいたいと思うのである。

「ボランティア」ではなく、必要な費用をキチンともらいながら「社会に役立つ仕事」にすべきである。
これを、コミュニティービジネスという人もいる。


随分前のことだが、水俣市のタクシー会社が「買い物代行」を請け負っていることを紹介したことがある。それなりの利用者もあると聞いた。


とにもかくにも、高齢化は今の状況ならば確実に進むし、商業施設も採算を無視しては設置されない。だとすれば残された道は、地域で助け合うか、買い物支援人(グループ)の出現を待つしかない。

そこに、地域にある事業所(企業)が何らかの形で関わることができないものか、今考えているところである。


posted by 伊藤保徳 at 11:09| Comment(2) | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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