2010年04月30日

回覧板

毎月1回、町内会の回覧板が回ってくる。
町内会というのは、瀬戸市高根町1丁目という単位であるが、この上位組織が「本地自治会」ということになる。この自治会が一般的には「小学校区」と同じだが、本地自治会はそこから細分化した単位である。

本地自治会は、13の町内会で構成されており、毎月1回の町内会長会議がある。
それは主には「連絡会議」であり、連絡事項の確認と共に、「回覧物や各戸配布物」を受け取って来るのである。

町内に戻ると、組長会議が開催され、印刷物などが各組ごとで回覧されるのである。これが回覧板である。
因みに我が町内の「組数」は13で、本地自治会の中で最も多く、町内会長の受け取る資料数も多く、なかなか大変である。


さて、この回覧板だが、今日回ってきたものを隅から隅まで目を通したが、多くの情報がある。今までも目は通しているものの、しっかりとは読んでいなかった。

まずは「回覧板そのもの」(バインダーケース)であるが、表紙には「よく見て早く回しましょう」の文字。組の戸数が多いと、かなりの日数を要するが、私の子どもの頃は、回覧板は1日で一回りしたように思う。つまり、各家に誰か一人は居たということなのだろう。

今日の回覧板は、24日に町内の組長会議が開催されているはずであり、我家は5番目ながら6日経過していることは、それぞれの家で1泊していることになる。

回覧板の表紙裏に、回覧順序が書かれておりこうした事は容易にわかる。

更には、瀬戸市の「第5次総合計画」の「基本構想の考え方」や「瀬戸市の将来像」についても印刷がしてある。瀬戸市民の多くがこの回覧板を目にしているはずだ。しかし、「総合計画」や「将来像」についてどの程度認識をしているのだろうか?
私も意識して読み、初めて認識をしたくらいである。

これが、「回覧板のケース」である。


肝心の中味だが、今回は、@「今年の各組組長さんと役割の紹介」、A「昨年度の会計報告書」(実行費は、約80万円である。)B「22年度の自治会費、町内会費のお願い文書」(一世帯あたり、6000円)、会費徴収にあたり今回は会長の配慮だと思うが、C「町内会規約・集会所使用管理規程」があった。

D「本地八幡社からの願い」、E「親子農業体験・本地の米づくり参加者募集」、F「瀬戸防犯協会連合会の会報」、G「幡山中学校の広報紙」、H「各種教室などの参加者募集」。
ざっとこの通りである。

回覧物は月々で多少があるが、概ねこの程度の量は毎回ある。

「規約」とか、「中学校の広報紙」など、興味のあるものも少なくない。

是非、キチンと読んでもらいたいものである。
また、読んでもらえるような工夫も必要であり、是非考えてみたい。




posted by 伊藤保徳 at 22:42| Comment(0) | 街づくり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

子ども手当て

4月29日の日本経済新聞に、子ども手当てに関する小さな記事があった。
見出しには、「子ども手当て 43%が貯蓄 内閣府調査」、とあった。

子ども手当ては、現鳩山政権の目玉の一つであった。

しかしながら、今現在、その子ども手当てが何のために支給されるのか、政府の狙いはどこにあるのか、正しく説明できる人がどれくらいいるだろうか。
私自身、「何のために支給するのか意図がわからない・・・」、という意識だったこともあり、今現在、政府の狙いは正しく認識をしていないのである。


子どもの育成費用の補助、ということは一般的な理解である。
しかし、親の所得金額によって支給をどうするか、という議論もあったようだし、少子化の歯止めのために、というようなことも言われていたような気がする。

ともあれ、「子ども手当ての目的」を正しく理解している人はそれほど多くないと思う。

それが調査結果によく現れていると思った。

記事は、内閣府が28日発表した「子育て費用に関する調査」結果を報じている。
調査はインターネットを通じて、0〜15歳までの子を持つ親を対象に実施、有効回収率は45.4%で、1万1145人の回答である。

1位、子どもの将来のための貯蓄 43.4%
2位、日常の生活費に補填     11.4%
3位、子どもの保育費        10.8%
4位、子どもの習い事などの費用  9.8%

複数回答では、「貯蓄」は62.4%、「習い事の費用」33%、「生活費の補填」が26.5%だったという。

この結果をどう考えるのか、いろいろなことが言える。
新聞では、《子ども関連の消費拡大を見込む向きには肩すかしにとなりそうだ。》という論評である。私には、些かのんきすぎるのでは、と感じた。

この費用の原資は赤字国債であり、借金を膨らましてまで支給すべき「手当て」なのか、もう一度検証する必要があるのではないかと思う。


「公約だから」とか、「マニフェストに書いているから」というだけで、強引に実行することに疑問を持つ。それは主義主張であり、「実行の意思」であることに違いは無い。しかし一方で、選挙対策として細かなことばかりを書いているのでは?という感想も持つ。

つまり、具体的で細かなことは「理解を深める」ための施策案であり、訴えるべきはその施策案の根本にある「目的」であるべきだと思う。

この点の理解や認識が十分では無いように思う。

従って、「子ども手当ても」選挙公約だから支給する、受給者は「自分の都合で使う」、ということになってしまのである。


もっと議論をし、日本のためになる政策を打ち出してもらいたいものである。


posted by 伊藤保徳 at 12:40| Comment(0) | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月29日

雨のち晴れ

今日、4月29日は「れんげ祭り」であった。

「れんげ祭り」とは、本地の将来を考える会の事業で、「親子農業体験・本地の米づくり」の最後のイベントである。田植えをし、米の収穫を行った水田に昨年9月下旬「れんげの種」を蒔き、4月下旬に満開にし、そこで子ども達に遊んでもらおうという趣向である。

「れんげ祭り」は初めて7〜8年になるが、5年前からは田んぼの隣にある幡山西保育園の園児達が、鯉のぼりを作ってくれるようになり、れんげ畑に飾り付けている。
今年は、109匹の鯉のぼりを、4月10日の飾り付けた。


私も最初から関わっており、特に、れんげ畑での「宝探し」は主担当である。
グリーンの色画用紙で三角くじを作り、子ども達に探してもらおうというもの。参加の子ども達は小学校2〜3年生以下で、保育園児が主体である。

景品は「おもちゃ」であるが、この仕入れも行っている。
名古屋市内に、こうしたおもちゃや駄菓子などの問屋街があり、そこから調達をしているが、とても楽しい仕事である。今年は、全部で200個ほどのおもちゃを仕入れた。

この宝探しの他には、「みたらし団子」と「かき氷」を振舞っている。
みたらし団子については、それぞれ自分で焼いてもらっている。


私の担当である宝探しについては、前日までに「三角くじの作成」、景品の仕入れと区分け(今回は、大当たり1本、A賞16本、B賞24本、あとは参加賞・おもちゃの種類は15種類ほど)を行った。

今朝、ブログの更新をしていたところ雨が降りだした。
さあどうするか・・・ということになった。
午前7時過ぎに関係者と連絡を取り合ったが、多くの人は「9時過ぎには良くなる・・・」との言、とても前向きである。

いろいろ準備したのでは、実施しようという思いが伝わってくる。
特に、食べもの関係の準備をした人は「何とか・・・」という気持ちが強い。
まずは、スタッフの集合時間に、現地で会いましょうということになった。

私は、景品を車に積み込み、現地に向った。自宅から5〜6分である。途中雨が強くなってきた。
現場に着いたが想像通り、れんげ畑や保育園の庭は水浸しで、とても使える状況になかった。


集合時間の9時になり、十数人のスタッフが集まった。
れんげ畑のすぐ近くにある集会所(本地会館)の駐車場に集まり、この場所で準備を始めることになった。
果たして、何人の人が来るのか?不安ばかりであった。空模様も芳しくない。

開始時間の10時近くになり、西の方の空が明るくなってきた。
もう雨は大丈夫と思える頃、「れんげ祭り」の開会となった。
その頃には、100人近い人が集まってきてくれた。

「宝探し」は急遽「福引」となり、景品であるおもちゃをテーブルに広げ、欲しいものを選んでもらった。やがて大混雑となった。
陽も差してきて、気温もぐんぐん上がりだした。


いろいろ気をもんだが、「雨のち晴れ」となり、準備の甲斐があった。
正確にカウントが出来ていないが、170〜180人程度の人出があったようだ。

回を重ねるごとに、参加の輪が確実に広がっていることが嬉しい。


posted by 伊藤保徳 at 20:03| Comment(0) | 街づくり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

発展繁栄の法則

昨日の瀬戸市倫理法人会モーニングセミナーは、私の当番で「発展繁栄の原則」というテーマで、40分ほど話をさせたもらった。

改めてこのモーニングセミナーを思い起こしてみるに、一ヶ月4回開催されるうち、1回の講話を私に担当して欲しいという話があった。確か、2007年の暮だったと思う。

それは、今もほぼ毎日継続しているこの「役員サロン」を見て、「こんな内容の話を・・・」ということであった。
「皆さんが希望されるならば・・・」ということで引き受けさせてもらったが、昨日で、26回目となる。つまり2年以上毎月1回話をしていることになる。

以前にも紹介したが、話は「日々、感じること」、という大きなテーマのもと、月々でサブテーマを持っているが今では月刊誌「致知」の特集を題材に、感じたことや体験を中心に話している。
必ず行っていることはレジュメを用意することである。


さて、昨日のテーマである「発展繁栄の法則」というのは、「致知」4月号の特集ではあったが、先週1週間で「発展繁栄の法則」というのは本当にあるのだと実感をした。
レジュメは、「致知」の記事をまとめやその感想でつくっていたが、話の多くは「1週間の体験報告」であった。

まずは、20日のイブニングセミナー。
廣田講師から、「こんな時代を生き抜くためにはマイブランドを高めるべき」、という話があった。この話から受けるニュアンスは、「自己を磨きなさい」とか、「もっと努力しましょう」ということだが、実際は、「もっと自分を大切に、自らの幸せを気づき、笑顔とありがとうのいき方を・・・」というものであった。これが、自分自身(マイブランド)を高めることだと。

大いに共感し、ブログにも紹介をした。
「ワクワク感はエネルギー」とか、「運を高める9つの言葉」などである。

22日は四国の金毘羅宮に参拝した。
ドシャ降りの中、785段の石段を登り本宮にてお札を受けてきたが、参道の両側にある沢山の店舗で、お客の入っている店とそうでない所で全く雰囲気の違うことがわかる。

ドシャ降りであり、客は確かに少ない。しかし、活気のある店には多くのお客が入っている。また、それにつられるようにして次から次とお客が入っていくのである。
「活気」とは、店員さんの「笑顔」と「元気な挨拶(掛け声)」であった。

私もその店を利用させてもらった。


そして土曜日は南知多の「まるは食堂」に出かけ、創業者である相川うめさんのことを沢山学んだ。
このこともブログで紹介したが、本館のロビー横に貼られた大きなポスター。相川うめさんの「笑顔と感謝の言葉」は大変印象的であった。

発展繁栄しているのは、「その組織(会社やお店)にいる人」によってである。


「致知」4月号の総リードで書かれている内容は、「自分を育てる三つのプロセス」として、「笑顔」、「ハイ、という肯定的返事」、「人の話をうなづいて聞く」の三点を示し、同時にこれは「人生を発展繁栄させるプロセス」である、としている。

そして最後にこんな一文がある。
《すべての繁栄は人から始まる。ひとりの人間が自らの人生を発展繁栄させていくことが、そのまま組織の発展繁栄に繋がる。しかもその発展繁栄の法則は極めてシンプルである。》


もう一度20日のイブニングセミナーの内容を確認してみる。

「マイブランドを高める」、こう決意し、心を変える。「まずは笑顔から始めよう。ありがとうといってみよう。」である。


posted by 伊藤保徳 at 07:20| Comment(0) | 人づくり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月28日

交渉ごと

今、鳩山内閣が大きく揺らいでいる。
「5月末までに・・・」と、期限を切った米軍普天間基地移転問題が解決しそうもない状況にある。

「腹案がある」、との発言もあったが「基地移転問題」は、「反対の大合唱」になってしまった。マスコミ報道も、「反対集会」とか、それに対する鳩山首相のコメントなどに終始し、問題の本質から離れている感は否めない。
こう感じるのは私一人ではないと思う。


今朝の中日新聞に、この事に触れ「鳩山首相の余分な一言から、問題がすりかわり、交渉相手まで変わってしまった」、と批判とともに問題の本質を指摘していた。
朝刊第一面のコラム、《中日春秋》である。

書き出しは、「交渉ごと」についてのことで、重要なことは「正しい交渉相手と行うこと」であるが、鳩山内閣は普天間基地移設問題で誤ってしまったという指摘である。
それは、「不用意な一言」から始まっているとの分析である。

鳩山首相は先の衆議院選挙において、日米合意を見直すことについて、「移転先は、国外、少なくとも県外」と発言した。しかしこの発言の、「少なくとも県外」ということが中心的論点になってしまい、「米軍移転先は沖縄県以外」というのが政府案ということになってしまった。

勿論、まずは国外への移転について検討されたが、「日米問題」ということから、国内での県外移転ということを検討することになったのである。
問題は、そもそも「米軍基地」のことであり、その正しい交渉相手は「米国」であるはず。それが、いつのまにか、国内の県と交渉するようになってしまった。


コラムでは、「少なくとも県外」という、不用意な一言がその後の活動の道を誤らせたと指摘しているが、全くその通りである。

連合している他政党の、日米関係を全く無視するような「意見」に影響を受けたのか、あるいは自身の「博愛主義」がそうさせたのか、結果としては、沖縄県民に対し県外移転を約束してしまったような状況下にある。

問題の本質は、正しい交渉相手と十分に話し合い、その上で、たとえ小さくても可能性があるならば全力挙げて、関係者(国、県など)の利害を調整するべきであった。
しかしながら、交渉する前に(結果として)「自分のカード」を見せてしまったのである。

これでは交渉に勝てない。
外交問題を含め、大きな心配事である。


先の米国大統領との会談が、食事の前たった10分しか時間が与えられなかったこと、米国新聞に「愚かな首相」と揶揄され、党首討論でそのことを指摘され、「私は愚かな首相かもしれません・・・」と発言したこと。

これら、全て事の本質を見失った結果である。


コラムでは、「腹をくくり、もう一度国外移設を交渉しては・・・」と提言している。

かりそめにも、国民が決断した歴史的な政権交代で、最初に誕生した首相である。国内問題に終始し、肝心の米国に国民の本心を一言もいえずに5月過ぎに詰め腹を切らされてはあまりにも惨めではないか・・・とも。

いやはや、こんなに風に同情されては・・・。

posted by 伊藤保徳 at 09:23| Comment(1) | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月27日

救済力

話を聞いてから一ヶ月以上が経過するが、なかなか腹に落ちないことがある。

3月20日土曜日、愛知県稲沢市準倫理法人会の設立式典で記念講演があったが、その時の内容が未だに消化できずに頭の片隅に引っ掛かっている。

講師は、倫理研究所法人局教育業務部の那須隆氏であり、テーマは『人生の主役は己自身〜あなたの救済力が企業を変える〜』というものであった。

私が引っ掛かっているのは「救済力」のことである。
素直に解釈すれば、「救い助けること」であるが、随分昔にもこの「救済」について思い悩んだことがある。

それは、モラロジー(道徳科学)を勉強した時のことである。
この中に「人心開発救済の原理」というのがあり、記念講演での「救済力」つながり、何かしら難しくなってしまった。


極力簡単に考えようとした。
当日の講演では、中盤に『あなたのもつ救済力』について話しをされた。

レジュメによれば、「まずは自分自身の徳を自覚しなさい」ということ。そしてその徳を人にそそぐ、施すこと。そして、純粋倫理を実践し伝えることも救済力の発揮に他ならないという。
「救う」とは癒しでもあり、「ありのままの受容」でもある・・・ということ。

なかなか難しい。

まず、「救済力」とは何かということである。
説明によれば、知識とか技術というものではなく、「その人の持つ徳と希望」である。「徳」というのは、両親祖先の過去の行いがもとになっており、その人がもともと持っているもの。

それに「希望」。これは失敗の積み重ね(あきらめなかった。くじけなかった。やめなかった。)の上に築かれたものが「希望」だという説明。

それぞれの持っている「救済力」をまず気づくことが肝要だ。
その上で、人にそれを注いだり、施したりすることが「救済力」を発揮していることになるという。

「返事・挨拶・後始末」(純粋倫理の一部)といったことを実践し、それを相手に伝えることも救済に当たるという。


モラロジーではもっと難しい表現である。

「人心開発救済の原理」とは・・・給しあの原理とは・・・気づかれた人に喜ばれる
《モラロジーでは、聖人の教えを知った人がまずその教えを実行して安心と幸福を得、そののちにその精神を他人に移し植えるのであります。》

《多くの宗教のように、他人を助けることを旗印にして宣伝するようなことは致しません。ただ自分の精神の立て替えをして、その結果自分の最高品性を完成し、自分の安心と平和な生活とを実現することを目的とするのであります。》

《そうして得た自分の精神を他人の精神に移植するのでありますから、それは全く職業的ではなく、真に慈悲心の発露であるのです。》
(広池千英講述『道徳科学(モラロジー)および最高道徳の概要』から抜粋)

この勉強をしたのが、1979年のことである。


「人心救済」について、未だに理解が出来ていないが、「まずは自覚をし、純粋倫理(あるいは最高道徳)を実践てし、自らが安心と幸福を得ることである」、ということは理解できる。
救済とは、その上でのことである。


救済力の事を文字にして、少し理解が深まったような気がする。



posted by 伊藤保徳 at 21:01| Comment(0) | 人づくり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

安全衛生と生産性

昨日、本年度の安全衛生管理活動の計画を確認した。
昨年度の活動を総括した上で、課題を明らかにし今年度の方針と計画を確認したが、まだやるべきことばかりである。

4〜5年前から、各工場には安全衛生担当を設置し、工場の安全衛生管理のレベルをアップを図ってもらっている。
彼らを対象とした研修会も、年間3回ほど開催しその都度いろいろな話をしている。

各地から集まってきており、宿泊を伴う研修会になるが夕食には極力顔を出し、情報の交換をしている。昨日の会合にも出席しており、夕食をともにすることになった。


食事をしながらの話題は、専ら「安全衛生と生産性」の関連である。
安全衛生活動が重要な活動であることは理解するも実態は、「生産や生産性」が第一義に考えられている、という悩みである。

安全衛生担当として、もっとも悩む点のようだが、それは、安全衛生活動をキチンと行うことが「生産性」の向上に寄与することを明確に説明できないからではないかと思う。
つまり、安全衛生活動の正しい理解が不十分なのである。



一つには、物事は全て繋がっているということである。
職場における全ての仕事は、事業を行ううえで何一つ余分なものは無いはずである。「余分なこと」とか、「余計なこと」と感じたとすれば、それは目的が不在(もしくは曖昧)であるからだ。

安全衛生活動の目的をもっと明確に語るようにしなければならない。その時、この「つながり」という思考は役に立つ。

私は、安全衛生活動を「悪さ加減」(つまり、労働災害があるとか、健康障害があるという)からスタートさせているからなかなか軌道に乗らないのではないかと思っている。
それは問題解決における「帰納法的アプローチ」であり、どこまでいっても「犯人探し」なのである。

「つながり」とか、「目的」的に考えての行動はその反対で、アプローチとしては「演繹的」で、「犯人探し」に変わって「美女探し」ということになる。
こうした「あるべき姿」を求めたほうが、思考や活動がもっとダイナミックになるのではなかろうか。


もう一つの視点は、我社の経営理念である。
昭和38年に先代社長が「私の経営方針」として発表。昭和42年、株式会社への改組を機会に制定された「社是」が我社の経営理念であるが、端的にいえば、「人の力、心の和」ということである。

つまり、「従業員を家族の一員のように」、という考え方である。

理念の実践という観点から言えば、「安全や健康」は従業員を思う、最も基本的な事である。


以上、二つの視点から「安全衛生活動」を再認識すれば、現場における重要性は認識できると思う。安全衛生担当はこの事にもっと注力する必要がある。

安全衛生活動を、目的的にシフトし、従業員のためになっていると共感が得られれば、職場は活性化し、間違いなく生産性は向上するのである。

私は、こちらのほうがむしろ近道だと考えている。


posted by 伊藤保徳 at 08:45| Comment(0) | 経営に関して | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月26日

繁盛の秘訣

今朝、いつものようにパソコンを立ち上げ「役員サロン」を見たところ、昨日書き込んだ「まるは食堂」に二人の人からからコメントがあった。
さすが「相川うめさん」である。お二人とも「うめさん」の大ファンだと見受けた。

お一人から、『潮風の一本道』(三田村博史著、風媒社刊)を購入し、うめさんからサインをしてもらったことの書き込みがあった。

そんなことから、《その本》のことについて紹介したい。

まず、私が手にしたのは「新訂版」で2007年7月24日第1刷発行である。そして、部屋に備え付けられていた本も同じであった。ただし、部屋の本には、相川うめさんのサインが入っていた。
そこには、「抜苦与楽長生」という文字が書かれていた。

「抜苦与楽」とは、その昔聞いたことがあるが、「慈悲の心」だと。
文字通りに解釈すれば、「苦しみはとって(抜)あげましょう」、「楽しみは与えましょう」ということで、苦しみも楽しみも共に分かち合う、という意味のようです。それが「慈悲の心」だと。

私の理解はこの程度だが、結婚披露宴のスピーチにもよく登場する言葉でもある。
ここでは、新郎新婦に対し、「苦しみを分け合うと半分になる」、そして「楽しみを分け合うと二倍になる」・・・と。


この言葉を相川うめさんがよく使われていることを知った。しかし、《その本》の中には紹介されていない。

関係しているとすれば、60歳を過ぎてから四国八十八カ所のお遍路に毎年でかけるようになった事。京都の仁和寺で得度して、尼僧の資格もあるということくらいである。
本館入り口に、薬師如来像がお祀りしてあることなどから、信仰心の篤いことがうかがわれる。

こうしたことは、《その本》全体を通して感じることが出来る。


さて、この本には、《相川うめさんの人生をまるごと描いた波乱万丈の一代記》という紹介があるが、私は「事業(商売)に望む心構え書」、として読んだ。
一代記であり、その波乱万丈の人生が描かれているものの、そこには「自身の志や価値観」が明確に示されている。

つまり、事業経営とは「世のため、人のために尽くすこと」、という究極の「経営観」が感じられた。こうなりたいものであるが、なかなか難しい。


私は、経営トップの言葉に興味を持っている。
それは、トップ自身が考え出した言葉でも、大切にしている言葉でもかまわない。その言葉にこそ、トップの想い(価値観)が宿っていると考えるからである。

相川うめさんという偉大な創業者。
おそらく多くの言葉が書かれたり、従業員の心の中にあると思う。

ほんの一部だと思うが、《その本》の最後に、《うめさんが「わしが選んだ」といって渡してくれた「格言集」》の紹介がある。
全部で16項目あるが、幾つか紹介する。

・あなたの仲間を見れば、あなたの人格がわかります。
・限度を心得ていればいつまでも安泰である。
・五穀実れば首たれる。

・こだわらない心が長寿に通じる。
・子どもは親のいう通りにはしないが、親のする通りにはする。
・雪と欲は積もるほど道を忘れる。


最後にもう一つ、
・我が気に入らぬことが我がためになるものなり。

全くその通りである。

そもそも、身の回りに起きるあらゆることは、その人に必要だから起きるという。
なかなかその境地にはなれないが、「いい言葉」「前向きな言葉」を沢山使い、一歩でも前進したいものである。


posted by 伊藤保徳 at 06:45| Comment(0) | 経営に関して | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月25日

まるは食堂

昨日から今日にかけ、瀬戸旭法人会幡山西支部の役員会&親睦会に参加させてもらった。

この支部は、私の住む地域でもあり、以前から支部会合への参加を要請されていたが、なかなかスケジュールが合わなく、今回はじめて参加をした。
行き先は、南知多の『まるは食堂』であった。

知多では大変有名で、平成に入ってから《温泉・うめ乃湯》のオープンを始め、、中部国際空港や名古屋市内にも店を開き、「安くて美味しい料理」が評判になっている。
私も数度でかけたことがある。しかし今回のように「宿泊」は、初めてのことである。


まるは食堂は、「美味しい料理」も有名だが、もう一つ評判を呼んでいるのが創業者である「相川うめさん」である。
とにかく働き者で、亡くなる直前まで店に出て見えたという。
残念ながら、平成20年10月26日、98歳で亡くなられてしまい、直接話を聞くことが叶わなかった。


2〜3年前、中部経済新聞に「報・連・相」の徹底により、経営力を高めるという連載記事があった。大変興味深く読ませてもらったが、その中で、《「報・連・相」を、意図的に始めたのはまるは食堂の相川うめさんである》、という記述があった。

まるは食堂を知っていただけに、是非とも直接話を聞きたいと思った。
間もなくして、相川うめさんの訃報を新聞で知ったのである。

こんな思いを持って出かけたので、ロビーでまず目に入ったのが、「まるは食堂豊浜本店の写真をバックに、笑顔の相川うめさん」(ポスター)であった。
このポスターには、『感謝 感謝 感謝で日が暮れる。ありがとう 相川うめ』の文字が書かれていた。

カウンターに目をやると、そこには『潮風の一本道ーうめさんの魚料理の城づくり九十年』(三田村博史著、風媒社刊、2007,7,24第1刷)という、「うめさん」の生涯を紹介した本が数冊積まれていた。むろん売り物である。

その脇の書架には、各種パンフレットやチラシにと共に、『うめさんが伝授する「まるは食堂」旨さの秘密・パート弐(つう)』という、パンフレットがあった。
その中に、「うめさんの秘伝」として8項目のことが紹介してあった。読めば読むほど味わいがあり、経営の本質のようなものを感じた。

三項目ほど紹介する。
「その壱」
《わしの想いは残ったもんに 引き継いでもらわんといかんわなぁ》
・昔ながらの食堂の良さ、家庭的なサービス、そして笑顔。お客さまは審査員であり、仕事は勉強と思って頑張って欲しいし、成長して欲しいわなぁ。・・・との解説。

「その弐」
《いろいろやったが、原点は昔ながらの食堂だでよぉ〜》
・豊浜で始めた地元に愛されるアットホームな食堂スタイル。昭和40年、豊浜に大量にあがった新鮮な車海老をエビフライにしたところ評判に。お客さまの要望に答え様々な料理を提供した時期もありました。自転車レンタルなど、様々なサービスを勘考してきましたが、やはり食堂スタイルがまるはの変わらぬ原点です。

「その参」
《何でもいってちょうよ、できるだけのことはするでよぉ》
・店の大きな水槽には新鮮な魚が泳いでいます。水槽で泳ぐ魚を見ながら注文できるとても嬉しいサービスや、コースの内容をお客さまの好みで変更も可能です。何でもお客様のご要望に応えるのがまるはです。


こんな調子で「8項目」の秘伝が紹介してある。

読みながら、相川うめさんという創業者の「想い」を強く感じた。
つまり、経営哲学なのである。
この哲学をパンフレットにしてお客さまに配る事により、従業員への浸透を図って見えるようだ。


「大きな声での挨拶」、そして「笑顔」。
お客に対する何よりのサービスである。

カウンターにおいてあった本は各部屋にも備え付けてあった。
部屋で読み出したが、なかなか面白いので今朝一番で買い求めた。

出発までに十分な時間があったので、ほぼ読み終えた。
パンフレットといい、この本といい、今回のまるは食堂では経営の勉強をさせてもらった。

posted by 伊藤保徳 at 18:00| Comment(2) | 経営に関して | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月24日

ワクワク感

偶然ではあるが、「ワクワク」ということについて二つの場面で教えてもらった。

一つは、4月20日の瀬戸市倫理法人会のイブニングセミナーでのこと。
セミナーの内容については既に紹介したが、そこには書かなかった印象的な言葉がある。それが、「ワクワクというエネルギー」というものである。

セミナーの中で講師から、『「モチベーション」、「貢献度」、「能力」の高いレベルをもった組織の状況を思い浮かべ、隣の人と話し合ってください。』・・・と。
ほんの数分話し合った。

むろん三つの視点における最高のレベルというのは示されていた。
「モチベーション」では、《その仕事が大好きでたまらない》
「貢献」では、《仕事や行為の結果が感動を呼ぶ》
「能力」では、《特技を発揮している》・・・というものであった。

短い時間ではあったが、こうした高いレベルでの組織活動や職場の様子を考えた時、「ワクワクした気持ち」になれた。
講師はこの事を、「イメージング」といわれ、「こうしたワクワク感はエネルギー」だという説明があった。
手もとのメモには、《ワクワクというエネルギー》とある。


ワクワク感についてもう一つの場面である。
それは、「致知」4月号の記事にあった。
既に手許には5月号が届いているのに、何故4月号にこだわるかといえば、来週の瀬戸市倫理法人会モーニングセミナーのテーマを「4月の特集」から組み立てているからである。

4月の特集は、「発展繁栄の法則」であるが、3月号特集の「運をつかむ」とよく似ている。
いろいろな切り口での記事があるが、モーニングセミナーでは、一つの対談記事を取り上げようと思っている。

二人の女性による対談記事である。(和田裕美氏と浅見帆帆子氏)
対談のテーマは、『人生は少しの気づきで好転できる』・・・である。

この中で、「ワクワク感」についてのやり取りがある。
一言でいってしまうと、《ワクワクの気持ちというのは、未来を信じるパワーだと思う》ということが述べられている。
《そういう心の状態になると、未来を信じた行動を選択するようになる》とも述べられている。


先日のセミナーでの話を聞いた後、改めて読んでみてとても共感した部分である。


しからば、自身は「ワクワクする」ような心の状態をどのくらい持っているかということになる。振り返ってみるに、昔に比べ随分少なくなったような気がする。
改めて、仕事やいろいろな活動の中で、「ワクワク感」を持って望むようにしたいものである。



posted by 伊藤保徳 at 06:39| Comment(2) | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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