2010年03月31日

古本店の活用

先日の上海出張に、2冊の本を持っていった。
先週の土曜日に、珍しく近所の「BOOK OFF」にいった折に買い求めた中の2冊である。

「新古本」という言葉があるかどうか知らないが、店頭に並べられたが売れなかった本のことである。店の入り口近くに20冊近く並んでいた。
本には、《B★コレ! 自由価格本》というシールが貼ってあった。

『人生が劇的に変わる心の習慣』(野上洋幸著、ぶんか社文庫、2009年4月)
『ディズニー的思考法』(西村秀幸著、ぶんか社、2008年11月)
2冊とも、初版第1刷であった。

海外への出張の折には「BOOK OFF」に立ち寄り、文庫本を5〜6冊買いもっていくが、殆んどは時代小説である。しかし今回は「新古本」に目が行き、それを買い求めた。値段は表示価格の50%程度である。

2冊ともびっくりするような内容ではなかったが、空港での待ち時間や移動中に読むには適当なものであった。昨日の上海浦東空港で2冊とも読み終えた。


『ディズニー的思考法』というのは、従来あるような「ディズニー」のノウハウ解説ではなく、それを良好な人間関係づくりに応用する、という視点で書かれた本である。
ディズニーランド集客の秘密と共に、キャストがゲスト(お客)に接するポイントなどの解説があり、人間関係づくりに参考になる内容であった。

本のタイトルには、『ディズニー的思考法』の前に、《魔法のように人に好かれる》とある。

小テーマごとに、「ディズニーランドに学ぶ人間関係の極意」として、著者がディズニーでの事象から導き出した「教訓的言葉」が書かれている。

極意1、出会いの間口は広く、コミュニケーションは相手の目線に合わせる。
極意2、否定から始めず、相手の考え方に合わせれば理解を得られる。
極意3、こだわりを大切にしながら、相手の要望を徐々に受け入れていけば、人間関係はうまくいって自分のアイデンティティも保てる。

極意4、ハードは最低限。ソフトで個性を発揮させて相手心に響かせる。
極意5、相手の目線に立って理解を深めれば、必ず相手のニーズが見えてくる。

こんな調子で、極意22まである。

細かなことで、一度やってみようと思わせることがいくつもあった。


さて、新刊本の置いてある書店へは月に3回以上は行くが、それは購入したい本がはっきりしている時とそうでない時がある。ハッキリしていない時というのは、「今、どんな本が売れているのか?」を知るためである。

一方「BOOK OFF」には、本を買おうと思って行くのである。但し、購入したい特定の本があるわけではない。「読んでみたい」、と思う本を見つけ買ってくるのである。

今回はじめて「新古本」を購入した。
コレも古本店を活用する楽しみの一つである。




posted by 伊藤保徳 at 15:38| Comment(2) | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

信頼と責任

今週の月曜日と火曜日、我社の中国グループ各社の管理者と面接をした。
全部で9人だが、中国人が7人と日本人が二人である。

7人の中国人は、日本語に精通した人ばかりであり、仕事上でも我々とのやり取りは日本語である。

我社が中国(特に上海)での事業に本格的に取り組み始めたのが1999年頃である。当時私は名古屋学院大学大学院の院生であり、中国からの留学生と接触する機会が多くあった。

多くの留学生は、日中間のビジネスに携わりたいとの希望を持っていた。本人からの売り込みもあったが、その人柄を見て数人を採用した。
その後、大学院の後輩で数人入社している。

そうした人の多くは、現在上海の子会社の管理者として活躍してもらっている。

2006年にも面接をしたことがあるが、その時は「仕事や処遇」についての内容が中心であった。会社としても組織がきちんと機能していない頃のことで、多くの問題点を指摘してもらったことを覚えている。


さて今回の面接は、彼ら管理者がどのくらいの力量を持っているかの確認が主たる目的であった。この数年、急激な拡大で管理者の不足は否めず、十分な教育をしないまま登用していることもあり、多面的に話を聞こうと思った。

事前に18項目の質問を示し、それに対して答えてもらった。


仕事の成果というのは、能力やヤル気も重要な要素であるが、それにも増して大切なことは「考え方」である。与えられた仕事をどんな考え方で取り組むのか?この「考え方」というのは、私の重大関心事である。管理者は特に重要である。

その考え方というのは、二つの視点から推し測っている。
一つは、経営理念の理解と日常行動であり、もう一つは個人の価値観である。18項目の質問の中には当然入れてあった。


理念についての理解は、日本での勤務期間によって大きな差があるようだ。
つまり、「示されている理念」は認識しているものの、それを正しく理解し、自身の行動の中に生かしているかどうかに差があるのである。
これは、今後の指導で解決できることである。

個人の価値観については大きくばらつく事を予想していた。

この問いは、12項目の「価値観」を示し、その中から上位3つを選びその意図を説明する、というものである。因みに12項目の価値観とは、承認・名誉・成長・信頼・達成・金銭・自由・安全・貢献・家族・責任・独立、である。

彼らの答えを聞き、私にとって「驚きと喜び」であった。
全てのメンバーの答えに「信頼」か「責任」が入っていた。大半の人は「信頼と責任」の両方が入っていた。

これ以外には、「貢献」、「成長」、「家族」などの答えがあった。


国内の工場や支店の管理者よりも、総じて意識が高いこと、そして「仕事に取り組む考え方」も申し分ないと感じた。
今回の出張で、とても大きなものを発見した思いである。


今後、我社で行うマネージャー研修には必ず参加してもらい、グループとしての連帯感を高めようと思う。



posted by 伊藤保徳 at 11:34| Comment(0) | 人づくり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月30日

気力

28日の日曜日の午後から上海に出かけ、二日間の面接を済ませ先ほど帰宅した。

今回は、中国事業部から中国子会社に出向している管理者との面接で、管理者としての力量を把握するのが目的であった。
質問のボリュームも大きかったが、1日半で9人との面接は大変疲れた。
肉体的な疲れより、気力疲れである。

一人たっぷり1時間の面接は、話すほうはもとより聞く側も大変である。
面接は、聞く側の気力次第で内容が決まると思っており、一時たりとも気を抜くことは許されない。

気力を持って聞くから、それに応えてもらったと思っている。

そんな訳で、「気疲れ」はしたものの、得られたものはとても多かった。

内容は改めて紹介するつもりでいる。


posted by 伊藤保徳 at 23:58| Comment(0) | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月28日

仕事のヒント

昨日、瀬戸市内で「せとエコフェスタ2010」というイベントがあった。

主催は瀬戸商工会議所で、「平成21年度 瀬戸市地場産業振興事業費補助対象事業」とのこと。ただ、この事業のことは全く知らなかった。

内容は、「エコ」という言葉でくくられる製品やシステムの展示と、エコ活動の紹介などであった。

全部で36のブースがあり、「エコビジネス」のヒントが沢山あった。


私が興味を持ったのは、まずは「LED」である。
市内の、しかも割りに近くに会社があることに驚くと共に、応用製品が豊富で、今後いろいろな所に使えそうである。一般的なあらゆる照明を、「LEDに変えられないか?」と問いかけるだけで、幾つか代用が可能のような気がする。

次は、「省エネ照明」である。
これは蛍光管を減らし反射板を取り付けることにより、消費電力が半分近くになるという。要は、蛍光管を減らした分だけ消費電力が減るわけで、事務所などですぐにでも採用検討をしたいものである。

三つ目は、「バイオマス」である。
詳しいことはわからないが、農林水産系などの廃棄物から、バイオエタノールを作るというものである。つまり、廃棄物活用システムである。

少しだけ説明を聞いたが、殆んどの廃棄物を活用できるようだ。
収集する仕組みさえ用意できれば、ビジネスとして成り立つかもしれない。工業団地などではできるのではなかろうか。


これ以外にも、面白いものがあった。

以前、ブログにも書いた、廃陶器を利用してつくられた陶器「Re瀬ッ戸」(リセット)も出展されていた。


商工会議所の主催であり、積極的なビジネス創造を期待するところだが、このイベント(展示)だけではもったいないと思う。
次に必要なのは、ビジネス化のための指導や支援であろう。

こうしたヒントを、地域の力で実らせるべきだし、全市で採用できるような「モノやシステム」があれば、積極的に働きかける必要があろう。

思いついたことだが、「エコビジネス」というのは、規模によってメリットを出すものと、商店・家業的な仕事に適するものの二種類あるようだ。
地域で行うビジネスとしては、後者の「エコ仕事」のような気がする。

「まちづくり」という観点からも考えてみる価値がありそうだ。



posted by 伊藤保徳 at 06:01| Comment(0) | 経営に関して | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月27日

花見どき

いよいよ「花見どき」がやってきた。

実はこの文章、「いよいよ花見シーズンが・・・」と書き出したが、花見というのは地域によって時期が異なり、一概に「花見シーズン」とはいいがたいと思い、急遽「花見どき」というタイトルに変更した。

私が祭り好きだからかもしれないが、「桜が咲く」というのはとても心華やぐものである。
通勤の道すがら、「こんな所にも、あんな所にも桜がある」と、花を発見することは嬉しいものである。花が散ってしまえば他の樹木と同化し、見分けがつかなくなってしまうが、この時期の精一杯の自己主張である。

さて、今年第1回目の花見が今日行われる。
地域内を東西に流れる矢田川の堤防に、今から10年ほど前に「まちづくり」の一環として桜を数十本植えた。それが見事に花をつけるようになり、花見どきには河川敷で、酒盛りをする人たちを見るようになった。

その場所で「本地の会」の仲間との花見会である。
ただ桜はまだ、ちらほら状態である。

瀬戸市内の桜もまだ一分、二分咲き状態であるが、今日明日の天候によっては一気に開く可能性がある。
これはこれで楽しみではあるが、一方では少し心配でもある。

我社、本地工場敷地内での「花見会」は、来週の土日である。
今日明日で咲ききってしまうと、1週間花がもつかどうかが心配になる。
こればかりは、自然の成り行きに任せるしかないが、確実に「花見どき」は早くなってきている。


今日、ちらほらの桜を眺めた後、明日から金曜日までの出張予定がある。

「花見どき」とは縁遠い所への旅であり、満開の桜が待っていてくれることを祈るのみである。


posted by 伊藤保徳 at 07:45| Comment(0) | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月26日

歴史の使い方

3年ほど前のことである。
我社が属している業界団体、社団法人日本配線器具工業会の住宅盤専門委員会で活動30年史を制作した。
その折、大変世話になったのが株式会社出版文化社という会社である。

その会社から、1冊の本と丁寧な挨拶文が送られてきた。
その本は『堺屋太一の青春と70年万博』(三田誠広著、出版文化社、平成21年3月29日初版)というタイトルで、著者は芥川賞作家である。

早速読み始めた。
プロローグで「何故、堺屋太一を書くのか」を詳しく述べている。

 


《わたしは何よりも自分の生きた時代というものに興味を持っている。わたしが歴史に興味をもつのも、歴史が現在とつながっているからだ。

わたしはたまたま日本という国に生まれたわけだが、その国は長い歴史と文化をもっていた。だからこそ、その歴史や文化を知り、自分なりに解釈して、新しい物語を紡ぐことに、自分がこの国に生まれた意味を見出したいと念じている。》

こうした考えが基本にあり、著者自身の生まれ育った時代(昭和23年生まれ)を思うとき、「団塊の世代」、「高度成長の象徴たる大阪万博」、そして「オイルショック」など、時代を表す事柄に大きく関わった人物が浮かび上がった。それが「堺屋太一氏」である。

「団塊の世代」の命名者、「大阪万博のプロデュース」で有名であると同時に、「オイルショック」や「バブル崩壊」など、未来予測の草分け的人物でもある。

私はこの本を読みながら、改めて堺屋太一氏の偉大さ再認識したが、同時に、氏の「歴史の学び方」に興味を持った。


この本を手にする少し前のことである。
新聞の書評欄に、堺屋太一著『歴史の使い方』(日経ビジネス人文庫)の紹介があり、記事を切り抜き手帳に挟んでいた。時間を見つけては本屋で探すもののなかなか見つけられずにいた。

『堺屋太一の青春と70年万博』を読み、どうしても『歴史の使い方』も読みたくなった。
2週間ほど前、名古屋の地下街でふらりと入った本屋でその本を見つけた。

第1刷が2010年1月5日で、手にしたのは2010年2月8日第3刷であった。
そして、元は、「2004年2月に講談社から刊行された『歴史の使い方』を文庫化したものです。」とあった。


この文庫本は素晴らしい。

私も以前から、「歴史を学ぶ、歴史に学ぶ」ということをよく口にしているが、考えてみれば抽象的な言葉である。しかしこの本では、「歴史を学んでどうするか?」ということのヒントがある。

前にも紹介した『日本を創った12人』(堺屋太一著)とともに、教材として利用したい本である。


まえがきにある。
《歴史に学ぶとは、歴史を使って現実を判定することであって、歴史を真似ることではない》、と。

・歴史を「知る」
・歴史を「楽しむ」
・歴史を「練る」
・歴史を「企てる」
・歴史を「穿つ」
・歴史を「合わせる」
・歴史を「生かす」

この7章構成である。

 
 
 
posted by 伊藤保徳 at 07:43| Comment(0) | 人づくり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月25日

運をつかむ

3月24日、瀬戸市倫理法人会経営者モーニングセミナーの講話は私の当番であった。

テーマは、『運をつかむ』としたが、これは「致知」3月号の特集でもある。
「致知」3月号は、3月13日の土曜日に、瀬戸木鶏クラブの読書勉強会でいろいろ意見交換をしており、それらも参考にさせてもらいながら話を組み立てた。

まずは特集の総リードにある言葉を引用、「運をつかむことの本質」について結論を述べた。
《人が成功するのは、ある日突然成功するわけではない。平素の努力の集積によって成功する。禍が起こるのも同様。前から必ずその萌芽がある。運をつかむのもまた、同じことだろう。》

これは至言である。

総リードでは、運をつかむことの条件として、《良い俳句を作る三つの条件》と全く同じであるということも紹介してある。
つまり、@強く生きること。A深く見ること。B巧みに表す。の三つである。

些かこじつけのような感じもするが、「日頃の生き方が、良い俳句作りや運をつかむことに大きく影響する」、ということは理解できる。


今回の講話の核心は、「対談記事」(米長邦雄永世棋聖と大和證券グループ代表の鈴木茂晴氏)にあった、《運の悪い人と付き合うのを止める》ということについて、自身の体験を語った。
かなり生々しい内容となった。

「運の悪い人」とは、妬む、ひがむ、恨む、憎むといった感情をあらわにする人のことであり、そういう人は陰口や悪口、愚痴の絶えないという。

思い出せば、こういう人が私の近くにいたのである。

今から三十数年前の話である。
先代社長が病に倒れ、長期療養を余儀なくされた頃のことである。

社長が不在となり、幹部の合議で経営が執行されるようになった時、その人は自身の不満からか、批判をするようになった。近くにいた私もよく耳にしたし、そして私も同調をしていた。

しかし、その内容がどんどんエスカレートし、私自身聞くに堪えないようになり一線を画すようになった。

その後、職場も変わり決別となった。


その後、研修や催し事の企画運営という機会をもらい、結果として会社の長期計画を立案するという仕事に従事することになった。
あの時、「運の悪い人」との決別がなかったならば、今日の私はないと率直に思う。


長い人生、いろいろなことがある。
思い起こせば、身の回りに「運の良い人」、「運の悪い人」はいるものである。

「運をつかむ人」、それは「笑顔がある」、そして「謙虚である」。
全くその通りだと思う。

日々、「笑顔を謙虚さ」を心がけたいものである。


posted by 伊藤保徳 at 15:27| Comment(0) | 人づくり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

労働行政

3月23日名古屋にて、愛知県労働基準協会の理事会があった。
理事の出席都合を考えてか、理事会の開催は12時開始が多く、昼食をとりその直後から会合で1時半には終了する。

その限られた時間に、毎回愛知労働局から幹部の出席があり、短い時間ながら「講話」を戴いている。

今回は労働基準部長の天野氏が出席、平成22年度の行政運方針の概略説明があった。
関係資料が配られるので、説明は簡略ながら十分に理解できる内容である。

平成22年度の愛知労働局の方針であるが、最重点対策として三つのことがあげられている。
『雇用と生活を守るための支援』
『労働者の安全と健康を守るための対策』
『仕事と生活を守るための対策』

三項目とも似たような表現であるが、「支援」と「対策」では全く違うと思うし、それぞれの具体的な内容を見てみるとよく理解ができる。

今回は、労働基準部としての取り組みに説明があった。
『雇用と生活を守るための支援』では、
・解雇、賃金不払い事案等への的確な対応。
・未払い賃金立替払制度の迅速かつ適正な運営。この二項目で、働く人への支援活動である。

『労働者の安全と健康を守るための対策』では、
・死傷災害減少に関わる労働災害防止の推進。
・過重労働対策の推進。の二項目と理解した。

三番目の『仕事と生活を守るための対策』については詳しい説明はなかったものの、労働基準法の遵守対策だと理解をしている。


先日の「講話」を思い出しながら、資料を見ながら改めて書いてみるに、この情報をもっと拡散し新年度の計画に反映させるべきだと考えた。

3月に理事会の開催、行政当局から次年度の行政運営方針の説明という、よきタイミングであるのも関わらず、何のアクションも取っていなかった。(私だけかもしれないが・・・)
新年度は間もなく始まるが、労働安全衛生活動に関する計画については見直しをし、活動の方向性を再確認したいと思う。

一方で、今回は労働組合執行部にもこの情報を流し、活動の協力を求めてみようと考えている。
つまり、権利と義務を「対立の構図」でやり取りすべきではないと思う。

労働基準行政について、経営側が「受身にならない」ことが極めて重要だと思っている。
経営理念で「企業は人なり」とか、「人材は最も重要な経営資源」、などと標榜する企業は多い。それならば従業員(労働者)に対する最低限の義務として法があるのだ、と認識すべきなのである。


こんな思いを持ったが、社内では相変わらず災害(無休災害)が発生している。

理想をもち、一方では現実を直視し、改善の歩みを止めないようにしたい。

posted by 伊藤保徳 at 07:06| Comment(0) | 経営に関して | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月24日

礼節を学ぶ

瀬戸北ロータリークラブの先週の例会において、我社の若い社員二人が卓話を行った。
テーマは二人共通で、ライラセミナー参加報告であった。
その卓話の様子が昨日のクラブ会報で紹介され、改めて読んでみたがなかなかしっかりした内容であった。

私が瀬戸北ロータリークラブに入会をさせてもらって3年余りであるが、入会当初からライらセミナーへの社員派遣を要請され、言われるがままに今まで何人か派遣をしてきた。

ライラセミナーとは、ロータリクラブが開催している青少年を対象とした次世代リーダー育成のセミナーで、年1回開催され今回で18回目になるという。
我社からの派遣は今回で3回目となるが、参加者は必ず例会で報告をすることになっている。

私から参加者へは、この例会での報告までが研修であると伝えてあるが、当人にしてみれば大変なプレッシャーである。

今回は昨年の秋に開催がされており、報告までにかなりの時間があった。その分、研修での学びを長期間思い起こすことになり、結果としてよかったように思う。


さて今回の研修テーマは『礼節について』というもので、基調講演の後、年代別のグループ(今回は150人の参加、7グループでのワークショップであった)に分かれてディスカッション、グループとしてのアウトプットを全員の前で発表するというもの。

参加したS君とO君は、違うグループだったが、礼節については同じような理解をしてきたようだ。
S君は、「礼節の原点は弥生時代にあり。『礼』は相手への思いであり、『節』は相手との折り合いのこと。相手の言動を認め、相手を思っての行動をすることである。」

O君は、「日本民族はその成り立ちから、必然的に謙虚さと優しさと勤勉さを身につけた。」とし、グループテーマであった「職場における礼節とは」に関し、「仕事を円滑にする共通言語(態度)である」という共通の認識を導き出したという。

二人の報告は簡潔明瞭なものであったが、最も注目したのは二人がライラセミナーで何を学んできたかであった。

私の期待以上に学んだことを明確に報告してもらった。

S君は、「言葉に対する重み、人との協力については幅広い視点が必要である。」という学びがあったという。そしてO君は、「自分の考えを伝えることの難しさ、相手の意見を自分の中で噛み砕く難しさ。」を痛感した様子である。

共に、言語表現の難しさを実感したようだが、これが会社以外の人と接することの効果であると思っている。


若い二人であり、これから何度もこういう機会があると思うがその度に確実に成長していってくれると思う。
特に、ロータリークラブ例会での「卓話」という独特の雰囲気の中での報告(スピーチ)は、貴重な体験であったと思うし、礼節実践の場でもあったといえる。

今後の成長を期待したい。



posted by 伊藤保徳 at 18:32| Comment(0) | 人づくり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月23日

電気革命

以前に、政権交代はしたけれど、「日本の将来像が見えない」、という民主党批判を書いたことがある。本来なら、対抗勢力が出てきて、しかるべき将来像と政策をしましたならば、現政権はひとたまりもないと思う。

幸か不幸か、対抗勢力の自民党はなかなか挙党体制が出来ず、今や「その昔の野党」となんら変わらなくなってしまった。
残念に思っているのは私一人ではないと思う。

日本の経済を考えた時、企業を如何に元気にするかにかかっている様に思う。
そういう意味では、21世紀に求められている企業について考えてみる必要があろう。
1980年代までの大量生産大量消費からの転換も必要であろうし、株主第一主義とか、利益第一主義とも違う企業経営が求められている。

経営者としては難しい舵取りを求められており、ある面正念場ともいえる。


私自身企業経営を担う一人として、21世紀の企業経営のあり方は最大関心事であり、それを明らかにして実行することが課題であると認識している。

今年1月以降、それに類する情報には敏感になっているつもりだが、時にストック情報を見直したりすることが私流の思考法である。

今日、たまたま時間があり、そのストック情報に目を通していたところ、「電気革命」という文字が目に入った。その文字は、日本経済新聞の特集で、『第1部 未来を創る@』の「企業・強さの条件」という記事の見出しにあった。本年1月13日号である。

内容は、パナソニックの事業戦略であり社長の宣言や内容について紹介している。
つまり、未来を見据え、「まだ見ぬ市場」に打って出る姿勢に拍手を送っているのである。

「パナソニックの電気革命」という見出しをつけただけあって、挑戦的な言葉が並ぶ。

《水道哲学。パナソニック創業者の松下幸之助は豊富な水流のように家電を大量生産・販売することで消費革命を牽引した。そして今、同社は新たな革命に挑む。誰もが安く、環境負荷の低い電気を利用できるようにするのが狙いだ。》

《8日の経営方針説明会で、社長の大坪文雄(64)は「電機で世界トップの環境確信企業になる」と宣言した。目指すのは家庭の「省エネ」のさらに先。「創エネ」の家づくりで主導権を握る。》

もう少し具体的に言えば、まずは三洋電機買収で「太陽電池事業」を手に入れた。電気設備業界で今注目されている「太陽光発電事業」の強化である。
さらには、家庭内で使用している電気の交流から直流への変換である。

《太陽電池が生む電気は直流。家庭の配線に流すためにいったん交流に変換、家電や照明を使う際に再び直流に戻すが、変換で電力の1〜3割をロスしていた。

パナソニックは直流をそのまま流せる新型配線の開発を急ぐ。家庭の省エネが飛躍的に進んで電気代が減り、余った電気の販売も可能。昼間に発電して電気自動車に充電、夜は家庭に電気を流すこともできる。》(中略)

《1世紀以上も電力供給の標準だった交流に風穴を開け、「電気革命」の実現を目指す。》(後略)


出来ない話ではないし、「電気革命」というのもうなづける。

詳しいことはわからないが、「環境負荷の低減」というのは、21世紀の事業として求められているものの一つである。
経営にしても事業にしてもまだ模索が続いている。
いろいろな分野で、革命の煙が立ち始めているようにも思う。

こんな状況の中、政府は何故、国の将来を示すことができないのだろうか。



posted by 伊藤保徳 at 18:27| Comment(1) | 経営に関して | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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