2009年10月31日

労働災害

4〜5年前から、国内6工場での安全衛生活動を強化している。
具体的には、専任担当を設け体制の強化をしたことと、その担当に対し、定期的な教育を行っていることである。

無災害で快適な職場づくりを目指しているが、今月三つの工場で労働災害が発生した。(内1件は休業災害である。)
10月は、安全衛生担当の教育を計画(10月29日〜30日)しており、当然のことながらこの発生した労働災害が中心的話題となった。

私は教育の冒頭で、30分ほど話をすることになっており、改めて「安全衛生管理活動」の基本を述べ、活動促進を要請した。


昨今安全衛生管理活動は、「マネジメントシステム」としての位置づけであり、単に、点検しましょう、気をつけましょうという基本行動だけではなく、日々の諸活動の中に、「安全や衛生」という視点を盛り込み、生産活動全体をマネジメントすることである。

職場の「五大任務」に中にも明確に位置づけられている。


私は、工場における生産活動も「人中心」であるべきで、部門長はもとより、各管理者はそこで働く社員に対し、きめ細かな配慮が必要である。
日常的には、「人事管理と労務管理」をキチンと行うことである。

つまり、「育成する分野が人事管理」であり、「能力発揮の環境づくりが労務管理」である。


「能力発揮の環境」。これ即ち、安全で快適な職場環境ということである。

仕事をしているのは「人」であるということの認識があれば、活動そのものが変わってくる。
職場に、安全とか快適、あるいは働きやすいという雰囲気(風土)をつくるべきであり、それは「安全作業のルール」をつくることや、「やかましく注意をする」ことだけではない。

もっと、人を中心に置いた仕掛けが必要である。

私は「安全文化」を醸成するべきだと考えている。
文化は、「宣言」をしてできるものではなく、「交流」によって作られるもの。
職場での交流とは、コミュニケーションそのものである。

もっとコミュニケーションを促進させることこそが、災害や病気を少なくすることになる。

安全衛生管理活動を、声だかに叫ばなくてもいいようにしたいものである。





posted by 伊藤保徳 at 07:05| Comment(2) | 経営に関して | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月30日

通夜説法

取引先に不幸があり、今日通夜式に参列した。

亡くなったのは、会長のご夫人で74歳とのことであった。
高齢化が進んでいいる今日では、些か早いような気がする。

そんな思いを打ち消すような説法があった。
通夜式の読経、焼香が終わって、お寺さんからお話があった。よく存じ上げている住職である。

先日書いた、瀬戸佛教会の講演会プログラムにあった挨拶の内容とよく似た話であった。
その内容とは、「寿命」というが、命とは授けられたものであり、本来は「授命」と書くべき、というものであった。

今晩の通夜説法では、『74歳というと、早いとか何とか言うが決してそうではない・・・』と話が始まった。

『ご本人は、74年間の命を与えられ、与えられたままに生き抜かれたのです。8月に入院、癌が見つかり手術をされた事を聞きましたが、これもまた与えられたものなんです・・・・。』

『人は自ら生きていると思っているがそうではない。全ては定めによって生かされているのである。』


同じ話をこの住職から以前にも聞いたことがある。
恐らく通夜式には常にこの話をされるのであろう。

若いから気の毒とか、早すぎるとかいう言葉。
口にする当人は「慰め言葉」のつもりだが、お坊さんから、「それが定めであった」と、いとも簡単に言われてしまうと何か割り切れなさも感じる。

しかし、話を聞いているうちにその内容が納得でき、死生観のようなものが頭に浮かんでくるから不思議である。
目の前にある「死」という現実をどのように受け止め、考えればいいのか。
これこそが、自身の生き方を考えることになるのであろう。

つまり、一生懸命に生きるということである。
「与えられた命」であり、人はそれをどうこうすることはできないのである。

ただひたすら受け入れ、「懸命に生きること」、「生ききること」しか出来ないのである。


こんな事を考えながら帰宅した。



posted by 伊藤保徳 at 22:08| Comment(1) | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

日本人として

ジャーナリストの櫻井よしこさん。時々テレビにも出られるが、憂国の士として著名である。
私は10年位前に、櫻井氏の講演を聞き、その語り口にすっかり参ってしまった。むろん内容についても論理的で、賛同できるものであった。

月刊誌「致知」の11月号は、「知謀、湧くが如し」という特集であるが、櫻井氏の記事があった。

『日本人が日本人であるために いま、何をなすべきか』というタイトルで、語っておられるが、その内容はとても重く、重要だと感じる。

先ずは、「今の日本が抱える問題を一言で言えば・・・」と、「日本人が日本人でなくなった」と断言されている。

《日本列島に生まれ、育ち、暮らしている。それが日本人であるということに、一応はなるでしょう。しかし、自分はなぜここに生まれ、ここにいるのか、そのことへの理解がなければ、本当の日本人とはいえないと思います。

自分がここにいることへの理解とは、家族、地域社会、国家の歴史を知り、その中での自分の位置を知ることに他なりません。

自分をここに導いてくれた人々が大切にしてきた価値観を知って感謝し、それを受け継いでいく自分の位置を知ったとき、それは志を抱かせる源になります。
それが本来の日本人の姿です。》


文中から抜粋して紹介したが、「自分の位置を知る」ことはとても重要なことである。
「自分の位置」とは・・・従来から何となく認識していたが、この記事で、少しハッキリした。

それは、「家族、地域社会、国家の歴史を知り」、「導いてくれた人たちが大切にしてきた価値観を知って感謝」することであり、それを受け継いでいく決意をする事。

その決意の内容は、「誰かの」、「何かの」役に立つことを自覚することでもある。
天命の自覚ともいえるのかもしれない。

つまり、「この世に意思を持って生まれてきたのではない」、「しかし何かの役割を担っている」。
人間一人では生きてはいけない。それは、誰かの世話になりながら、誰かの役に立っているということになろう。


日本人が日本人であるためには、国の歴史を知り、ここまで導いてもらった人たちの価値観を知り感謝し、自分でできる何かを自覚し実践することである。

こんな理解をしたが、「国の歴史」のところに、「家族」とか「会社」と入れて考えてみればもっと身近な課題となる。
「家族の歴史」をどれほど知っているのだろうか。
導いてくれた人(両親・祖父母)の価値観を知っているだろうか。

「会社の歴史」をどれほど知っているのだろうか。
導いてくれた人(社長、上司、先輩)達の価値観を知っているだろうか。


「自分の位置」を知ること。
家族、地域社会、会社それぞれにおいて、どんな役立ちをすべきなのか。
歴史を知り、大切な価値観を認識しつつ志を固めたいものである。


posted by 伊藤保徳 at 13:42| Comment(1) | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月29日

人材育成研究

私のゼミに、人材育成という大きなテーマに取組んでいる院生がいる。
会社での所属部署が人事部であり、社員教育への関わりも深いようである。入社2年目であるが、いろいろな問題点や課題を持っているようである。

この研究は、最終的には修士論文としてまとめ上げることになるが、そろそろ構想を固める段階に来ている。

昨晩のゼミで、認識している問題点について発表をしてもらった。
新入の育成に的は絞られているようだ。

聞いていて、問題現象とか悪さ加減とかが混同していたり、人材育成のとらえ方が一面的であったりした。そこで、人材育成の原点的な話をした。


企業人、あるいは人事部員として人材育成を考える時、つい「社員教育のあり方」を考えてしまうことが多い。つまり、「人材育成イコール社員教育」という発想である。
これは、短絡的であり、好ましくないと考えている。

縁あって入社した人材を、一日も早く戦力となってもらいたいのは当然だが、そうなる為にはいろいろな条件がある。
先ずは、「本人の成長しようとする力」、「当人を成長させようとする上司(先輩)の力」、「成長を促すような雰囲気(職場)」、そして「成長できるような仕事の与え方」。

このように、分けて考えてみると何処に問題があるのかが見えてくる。

単に、「新入社員教育」というプログラムだけを見ているだけでは「育成」のごく一部である。


幾つかの条件の中で、人事部で行える事、現場でなければできない事を明らかにし、当事者の育成責任をまずは区分すべきである。
そして、育成イコール教育ではないこと、仕事が人を育てるという認識、人が成長しなければ成果もあがらないという基本原則を社内で共有するべきである。

共有するための施策も必要かもしれない。


人材育成とは、「育成する側とされる側」があるのではなく、「成長しようとする人」と、「それを願う人」との協働によって成し得るものである。
このように考えると、新人の時には、学習する姿勢や考え方、自身の目標作りなどを徹底して指導援助することが最も重要だといえよう。


研究なので、安直に結論を求めるのではなく、じっくり考えたい。
私自身も。




posted by 伊藤保徳 at 07:04| Comment(2) | 人づくり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月28日

人を植える道

余り使わない表現だが、今朝のモーニングセミナーのタイトルである。

瀬戸市倫理法人会の経営者モーニングセミナーは、毎週水曜日午前6時から開催されているが、月4回のうち1回は私が担当している。
昨年の2月から行っているので、20回程話していることになる。

私自身、とても勉強になるので引き受けたが、問題はテーマである。


以前にも紹介したが、各県の倫理法人会会長の愛読書で一番多いのが、あの「致知」である。
この事を知り、「致知」の特集にまつわる話をしようと考え、数ヶ月前から実行をしている。
そして10月号の特集が『人を植える道』であり、安直に講話のテーマにもした。

「人を植える」とは、人を育成することと同じ意味のようである。(「致知」を読んでみて感じた。)


アルプス技研創業者のインタビュー記事を中心に話をしたが、強調したかったことは、「人は仕事で育つ」、「仕事の与え方が肝要」、成長には夢と目標が必要」ということである。

仕事の報酬の究極は「成長」である。
むろん、給与やボーナスも仕事の報酬には違いない。しかし、仕事を通じて得る知識や技術、あるいは問題解決能力やコミュニケーション能力の向上は、経済的な報酬以上のものである。失われることのない報酬でもある。

問題は、「このように考えることができるかどうか」ということであろう。

こうした考えは、社風や上司の考え方に大きく左右されるものであり、組織運営の要が管理者にあるということでもある。

いつでも学ぶ。何からでも学ぶ。
こんな社風に近づきたいものである。幾つかの部門ではこうした雰囲気が出てきているようで、頼もしく感じている。
部門長や管理者の影響が大である。


もう一つは、「夢を語ることの重要性」である。
田坂氏の「仕事の思想」という文庫本にもあった。

「目標だけでは力を出し切ることはできない。力を出し切れるのは目標の先に、夢があるからだ」、と。
そして、その最後に出し切った力こそが「著しい成長」だと思う。


このような職場を想像するに、「明るく」、「チームワークよろしく」、「イキイキと働いている」さまが思い浮かぶ。
純粋倫理で言う、「明朗」「愛和」「喜働」そのものである。


人の成長にとって、「場」や「雰囲気」もとても大切なことである。



posted by 伊藤保徳 at 15:49| Comment(3) | 人づくり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月27日

朝刊のコラム

会社の昼の休憩時間。
食堂への通路の脇に生命保険会社のセールスレディーが数人立っておられる。週二日ほどである。

この人達は、行き交う社員に対し、テレビガイドや勧誘チラシなどを配布しているが、第一生命の方が配布しているのは、「朝刊情報」というもので、これには五大紙(朝日、読売、産経、毎日、日経)の朝刊一面にあるコラムを切り抜き、一覧できるよう、一枚にまとめられている。

昼食後に、ざっと目を通すに良い。


今日配布されていた「朝刊情報」では案の定、鳩山総理の所信表明演説に触れていた。
(一紙(産経)だけは、全く取り上げられておらず、他紙と差別化を図ったと思われる。)

内容は、演説は褒め、今後の政策や総理のリーダーシップに注目というもので、今朝、私の書いた感想と大同小異で合った。
ただ、各紙それぞれ表現の仕方が違い、さすがペンで食べている人の文章は違うと感じた。


各紙のものを(抜粋にて)紹介する。
朝日新聞「天声人語」・・・《広げた風呂敷はかなり大きい。ありがちだった政策の羅列ではなく、「いのち」「きずな」さらに「人間のための経済」といった深いテーマが響きあって胸に届いた。鳩山さんらしい、理念にあふれた演説だった。》

読売新聞「編集手帳」・・・《鳩山首相はきのうの所信表明演説で、「胸」宛ての語りを心がけたようである。市井の人のエピソードを交え、平易な言葉遣いで語った。〈戦後行政の大掃除〉〈無血の平成維新〉といった惹句もちりばめられている。》

毎日新聞「余録」・・・《鳩山由紀夫首相の所信表明は1万3000字近い異例の長さだった。自ら掲げる「友愛」の理念を軸に「大掃除」「新しい公共」「平成維新」などの言葉で変革の意気込みを打ち出した演説だ。》

日本経済新聞「春秋」・・・《自らの改革を「無血の平成維新」と評した鳩山由紀夫首相の初の所信表明演説も、力が入っていた。弱者の目線、友愛の精神、支え合い、国民への大政奉還・・・・・。優しさあふれる主張だが、理想だけで現実は解決しない。》


私は、この演説はよかったと思っている。

要旨は首相が指示をされたと思うが、演説原稿を誰が作成したのか気になるところである。
官僚ではないことはわかるが、おそらくその道のプロが作成したものだと推測している。




posted by 伊藤保徳 at 15:10| Comment(1) | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

友愛の心

昨日、鳩山総理大臣の所信表明演説があった。
私はその時間車を走らせていたが、興味があったので近くの駐車場に車を入れ、20分ほど聞いた。

最後までは聞かなかったが、印象として「わかり易い言葉づかい」であった。
「戦後行政の大掃除」という表現は、「変革」とか「刷新」という表現より市民的な感覚であり、偉い人の演説では聞かない表現だと思う。


鳩山総理のキャッチフレーズになっている「友愛政治」についても、少し理解できた。

それは・・・
「毎年3万人以上の人が自らの命を絶っている現実、ささやかな居場所すら見つけられなかった人がいるということ。この事に対し、政治や行政が鈍感であった。」・・・という反省の弁があったからであり、こうした気持ちを持ち続けてもらいたいものである。


もう一点「いい話」があった。
それはチョーク工場に視察に行かれた時の話である。
この会社は、現在従業員の7割が障害者であるが、障害者雇用を始めたきっかけについての話である。

「チョークメーカー」、「障害者雇用」と聞いて、ピンときた。
日本理化学工業の話である。
この会社のことは、人間学を学ぶ月刊誌「致知」に紹介されたことがあり、その内容をブログでも紹介した。(2009年3月号、インタビュー記事『知的障害者に導かれた我が経営、我が人生』)

障害者雇用のきっかけや、増大してきた経緯は省くが、その中で経営者と住職とのやり取りがある。

《うちで雇った知的障害者は皆、一所懸命に仕事をしてくれるけども、本当は施設で面倒を見てもらったほうが幸せではないでしょうか。なぜみんな毎日頑張って会社に来てくれるのかわからないのです。》こんな質問を住職に投げかけたという。

それに対し住職は、《人間の究極の幸せは四つある。それは「愛されること」、「人に褒められること」、「人の役に立つこと」、「人に必要とされること」なんです。そして、「愛される」こと以外は、社会に出て働いてこそ得られるもので、彼らも我々と同様、人間の幸せを求め毎日仕事をしにくるんですよ。》
この話に目が開かれる思いがした。・・・こんな内容である。


鳩山総理がこの話を引用して伝えたかったことは・・・。
それは、人と人との関わりの中で、「必要とされたり」「役立ったりする」社会、お互いが尊重し合い支えあう社会、そんな国を目指しているように感じた。


演説では「理念的」であったが、政治がどう変わり、社会がどう変わっていくか注目したい。

posted by 伊藤保徳 at 08:53| Comment(2) | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月26日

自分を活かす道場

瀬戸市倫理法人会のモーニングセミナーは毎週水曜日の午前6時から行なわれているが、月4回の内、一回は私が担当している。
おだてられての引き受けたが、これが大変勉強になる。

昨年の2月頃から始まったが、その頃は思いつきの話も多くあった。しかし、皆さんが真剣に聞いてもらえるので数ヶ月前から、月刊誌「致知」の特集から引用した話をするようにした。

そして10月、明後日の水曜日が私の当番であり、先ほど当日のレジュメをつくりあげた。

今回、「致知」10月号の特集は、「人を植える道」というもので、あまり一般的な言葉ではない。
総リードや記事を読み、「人材の育成」ということだと理解し皆さんに紹介するつもりでいる。
特集の中で、特に重点的に取り上げる記事は、アルプス技研の創業者である松井利夫氏のインタビュー記事である。

記事のタイトルが、「人が事業を育て、事業が人を育てる」というもので、私の信条とピッタリと合ったからである。


せっかく当社を取り上げるのだからと、ホームページを開いてみて感心をした。
ホームページにはいろいろなことが紹介されているが、最も素晴らしいと感じるのは「創業者・最高顧問松井利夫氏」のページで、そのタイトルが『自分を活かす道場』というものであった。

内容は二部構成になっており、一部では「我が半生を振り返る」と題し、創業から今日までの歴史紹介である。そして第二部は「第二の経営者人生を後進の育成に注ぐ」として、企業の社会的責任(CSR)や社会貢献への取り組みが紹介されているのだ。

道場というのは、おそらく「会社」のこと「社会」のこと、両方を指してみえるようだ。
「磨き」、そして「活かす」。
このことを自ら実践して見えるようだ。


素晴らしい経営者である。

第二部の最後に次の言葉がある。
《「豊だから与えるものではない。与える心があるから豊になる。」私なりの理念です。》・・・と。

なかなか言える言葉ではない。
「利他の精神」「布施の心」を実践されているようだ。




posted by 伊藤保徳 at 16:59| Comment(2) | 経営に関して | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

まちづくり考

一年を通じ、地域での活動がいちばん忙しいのが10月である。
秋祭り(本地八幡社秋の例大祭)、稲刈りと脱穀、そして11月早々に開催される「本地会館祭り」の準備。その間に、地域上げての矢田川堤防の草刈もある。

昨日、本地の会三役会があり、会の活動を中心に地域の今後について話し合った。

本地の会とは、正式名「本地の将来を考える会」として今から二十年近く前に発足をした。当時、いろいろな思いがあっての発足だったようだが、なかなか軌道に乗らず、当時の若手(といっても40代半ば)に運営を委ねられた。

「本地地域を元気にしよう。」「新旧住民の交流の場を作ろう。」などの狙いを持ち、当地域に昔からある諸行事への協賛活動と、本地の会自主事業の二本立てで進んできた。
この活動が15年になる。

最近の活動は少し停滞気味でもあり、「今後どうすべきか?」というのが昨日の会合の中心話題であった。あらためて「まちづくりを考える」、である。


新しい事業のアイディア、今まで行ってきた事業の問題点、組織拡大の課題などなど、話題は多岐に及んだが、反省を込めて出た言葉が「連携不足」ということであった。

今までの事業において、いろいろな団体や機関との連携を無視してきたわけではないが、「先ずは自分達が先頭になって動かねば・・・」という気持ちで、進んできた。

それを「素晴らしい行動力だ」、と称賛されたこともあるが、最初からもっと周りを巻き込み、「連携」するべきであったかもしれない。(我々としてはそうせざるを得ないという事情もあった。)


ともかく、もう一度地域の事を見直そうということになった。
それは先ず、各種団体と会合を持ち話し合いをすることにした。

それぞれの立場で、地域の事を考えてもらっており、そうした人たちと連携することにより、活動がもっと広がると思うし、互いに補い合うことも可能であろう。

随分前のことであるが、「多様な団体連携による地域力向上」というようなプロジェクトに参加したことがあるが、その狙いこそ本地の会が目指すものであり大いに参考にしたい。




posted by 伊藤保徳 at 07:46| Comment(1) | 街づくり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月25日

目標の設定

昨日は午後から大学院での講義があったが、終日前から風邪気味であり、鼻づまり状態での講義は辛く予定時間より少し早めに切り上げさせてもらった。

人的資源管理研究の各論で、昨日のテーマは「目標管理制度と人材育成」とした。

企業における人事制度の核に当たるものが「職能等級制度」であり、それをベースに会社業績や人の成長を促すものが「目標管理制度」であると考えている。

企業によっては、目標管理制度は「評価制度」として位置づけている所もあるが、我社では、評価にも使うが人材育成により重点を置いた運用を行っている。


制度の運用に当り、重要視しているのは「目標の設定」と「面談」である。
目標を設定するに当り、先ずは自身の力量を認識しそれに見合ったうだけの仕事の質や量を想定する。これに、挑戦的なモノを加えて目標としなければならない。

この「挑戦的なモノ」は、組織や上司からの「期待」であったりもする。
これが加わっているか否か。目標の良し悪しがこことで決まる。

問題は、「挑戦的なモノ」(目標)を自ら、コミットできるかどうかである。
「できないかもしれないが、上司がやかましく言うから・・・」という程度では絶対に達成はできない。

私が「目標の設定が重要」だと考えるのは、仕事を通じて積極的に能力開発や人間的成長を促すことができると思うからである。
現状維持では成長が、経験を積むという小さな成長に止まってしまうのである。

更に言えば、上司と一緒になって「設定」をすべきである。


ここまで書き、先日紹介した「仕事の思想」(田坂広志著、PHP研究所)という本を思い出した。確か、「目標」というキーワードがあった。

第三話として、《『目標』成長していくための最高の方法》とあった。
第二話で、《仕事の報酬は成長である》ということを論じ、この三話で「成長の方法」を述べている。

《最も大切な「成長の方法」を述べたいと思います。
それは何でしょうか。

それは、「夢」を語り、「目標」を定めることです。
夢を語り、目標を定めることが、
人間が成長していくための最も大切な方法であり、最高の方法なのです。》
(P72〜73より抜粋)

私も全く同じ事を話している。
昨日の講義でも、会社のマネージャー研修でも。

本ではこの後、夢と目標の関係をエピソードを交えて解説してある。
簡単に言ってしまえが、「目標」だけでは力を振り絞ることができない。目標の先に「夢」があればこそ、より大きな力が発揮できる・・・ということである。
同感である。


目標の設定がいかに重要か。
本を読み返しながら再確認したところである。



posted by 伊藤保徳 at 09:33| Comment(1) | 人づくり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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