2009年06月30日

考え方の重要性

昨日は久しぶりに「オフの日」であった。
午前中は、梅雨の中休みとでもいうのか日差しがあったが、午後からは曇りだし雨が落ちてきた。

私の部屋には、高校の先輩の描かれた水墨画がかけてあるが、それは雨の中を歩く坊さんの絵で、山頭火の詩が添えてある。「雨の日は 雨を聴く」、とある。

午後から夕方にかけ、そんな心境であった。


今週末の大学院での講義は、「企業経営とトップマネジメント」、というテーマであるが、尊敬している企業経営者の「考え方」を紹介しようと考えている。

渋沢栄一の「論語と算盤」や「道経合一の原則」、松下幸之助氏の「すなおになんなはれ」、稲盛和夫氏の「敬天愛人」などである。
勿論、我社の創業者や先代社長のことも紹介するつもりである。

ボンヤリ考えている中で、最も基本で、重要なことは「考え方」であることを改めて感じている。


これは、稲盛氏の本で気付き、数年前から社内でもよく話していることである。

それは、《仕事の成果=能力×熱意×考え方》という式で表すことができ、能力と熱意はゼロ以上であるが、考え方は、マイナスからプラスまで、その幅が大きいということ。
正しい考え方を持つこと、育てることが如何に重要であるかということである。

考え方というのは、その人の魂から発するもので、「生きる姿勢」でもある。
自身の生き方において、価値基準を何に置くか、ということでもある。

「勧善懲悪」であるべきだと理解していても、つい、おのれの損得勘定で動いてしまう人のなんと多いことか。
反省を込めていえば、自分に思い当たることがある。


稲盛氏は語っている。
《世をすね、人を妬み、人をそねみ、まともな生きざまを否定するような、つまり否定的な生き方をするならば、「考え方」がマイナス値となり、「能力」があればあるだけ、「熱意」が強ければ強いだけ、人生や仕事の結果において無残な結果を残してしまう。

素晴らしい哲学を持つか持たないかで、人生はガラリとその様相を変えるのである。

成功に至る近道などありえない。情熱を持ち続け、生真面目に地道な努力を続ける。このいかにも愚直な方法が、実は成功をもたらす王道なのである。》


純粋倫理や人間学の勉強機会を得、この事を強く感じる。

今後も「考え方の重要性」を訴えていくつもりである。


posted by 伊藤保徳 at 07:22| Comment(0) | 人づくり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月29日

保温家族

12年目になる「経営塾」でも、大学院の講義でも、我社のことを説明する時によく使う言葉が「家族主義」である。

この事を明確に、経営理念として掲げている企業も少なくないが、それだけ「家族」という単位が需要だといえよう。
我社には、社員の生涯設計を考える教育プログラムがあるが、そこでも、単に仕事一筋ではない、家庭人や社会人としてのバランスを指導している。


今日の日本経済新聞に、家族を考えるページがあった。
「子どもがつくる家族のつながり」というタイトルで、デジタルブティックの安西社長が語っている。

家族に対する考え方やあり方は、時代と共に大きく変化してきたとし、現代の家族のきずなやぬくもりについて2回にわたって語られるという。


私は、「時代と共に大きく変化してきた・・・」という点に興味を持った。

記事の中に、日本の家族の20年変化がデータとして紹介されていた。
この調査は、博報堂生活総合研究所が、日本の家族の現状を見つめ、その行く末を見極めることを目的に1988年から10年ごとにアンケートを実施、日本の家族について研究を重ねてきたという。

3回の調査が行われているが、2008年の結果から、《「安息の場としての家族」をみんなでメンテナンスしている家族の姿》が浮かび上がったとのこと。
《いま、日本の家族は、悩んだり迷ったりしながらも、家族ならではの心地よさを意識的に保っていく『保温家族』の時代へと向っています。》と、総括している。


さすが広告会社で、ネーミングが素晴らしいと思う。
因みに、1988年は「利系家族」、お金が家族の力関係を決める。1998年は「連立家族」、個がフラットな関係、とある。

「保温家族」という裏付けデータとして、
@家族維持意識の向上・・・家族の絆を強める意識は20年前に比べ男性は20ポイント上昇し56.0%、女性は、12ポイント上昇の48.5%である。

A自分よりも家族を優先・・・質問は、「家族より自分の都合を優先する」、いうもので、男性は12ポイント下がり16.8%、女性は3ポイント下がって6.3%である。

B夫の育児参加意識が大幅アップ・・・夫の育児分担に対する質問で、男性は、40ポイント近い上昇の83.5%、女性は、28ポイント上昇の95.8%という結果であった。

この三つだけのデータ紹介であったが、男性の意識が20年前に比べて大きく変化している。
これは、会社での働き方にも大きな変化があるということになろう。


従来は、社員を「個の存在」として認め、職場とか会社という単位で「家族的な関わり」を持ってきた。ここに、「個だけではなく、その社員の家族をも意識した運営」が求められているように思う。

つまり、企業内でのことだけを考えるのではなく、もっと広範囲に配慮すべきということである。

今日、ワークライフバランスの重要性が謳われているが、時代の流れであろう。
行政の指導や、会社の都合だけで考えるのではなく、「社員の家族意識」を認識した上で、「ワークライフバランス」を検討すべきである。


私は、「保温家族」の次に来るのが、地域社会との連帯を自覚する「地域家族」であることを願っている。
posted by 伊藤保徳 at 10:20| Comment(0) | 経営に関して | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月28日

経営研究

大学院での担当講義は「経営システム研究」であるが、昨日で3回を終えた。

6月13日を第1回とし、以後毎週土曜日の午後2コマ(3時間)を連読8回行う予定である。
3回を終えて感じること、まず「体調」ということである。

「慣れ」も必要だが、あと一ヶ月余充分気をつけたいと思っている。


さて講義の内容であるが、当初は「河村電器産業の経営史研究」を考えていた。
それは、今年からの科目であり、生徒の履修登録は少ないと見込み、大学院の院生ではないが、科目履修生として我社の社員6名を加えての講義にしようと思っていたからである。

しかし、実際は24名の登録があり、結果として30名を対象にした授業となった。
したがって、内容も変更して第三回を終えたところである。このことは以前にもブログに書いた。


「経営システム研究」というのは、モラロジー(道徳科学)を基においた企業経営を、河村電器産業の経営史で検証しようというものである。

30年ほど前に学んだモラロジー、一昨年から勉強している倫理経営を整理しながら、経営機能ごとに実際経営(河村電器産業)と比較しながら検証しようと考えている。

元来、企業経営の王道は、「人本主義」(人を基軸とした経営)であると考えており、モラロジーや純粋倫理で説いている経営と同質である。
つまり、「人が基軸であるが、更に踏み込んで「心」や「考え方」」に焦点をあてた経営研究である。


まだ3回であるが、昨日は講義終了後、我社のメンバーと会食する機会を得た。
彼らには、「新・経営塾」という狙いが伝えてあり、本来ならば毎回反省を含めた意見交換の場を作るべきであったが、開始二回目までは、私の都合がつかず、結局昨日が初めてということになった。

メンバーの多くは、入社10年足らずということもあり、担当職務は精通しているものの、それ以外はほとんど知らないのが実情である。経営全体についてはなお更である。

それぞれが、新鮮な気持ちで取組んでいるようだ。


経営をシステムとして見てみることや、事の原点を知ること、そして全体を見ることによって、今携わっている仕事に変化の出ることを期待している。

毎日の仕事に精を出してくれていることはよくわかる。しかし、その努力一つ一つが目的達成に合理的であるかどうかを考えて欲しい。

まだ始まったばかりである。
あと5回授業とイブニングミーティングで、何かを掴み、新しい目標を創造してもらいたいものである。

それが「研究成果」の一つである。
posted by 伊藤保徳 at 10:10| Comment(0) | 経営に関して | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月27日

長所紹介

昨日、暁地区と本地地区の合同楽習会を開催した。

通常の楽習会では、私からの話が半分、残りの時間を意見交換に当てているが、どうしても発言が偏る傾向があり、今回は全員発言を意図した内容にした。

三つのグループ(6〜7人)に分け、それぞれに進行役をつけ、「長所紹介」を行った。

各自、自分の長所を五つ書き出し、それの発表。
聞き手のメンバーは、その人の理解を深めると共に、本人が気がついていないよい点をアドバイスをして、話し手としても自己理解を深めようというものである。

自分のことは自分が一番わかっているつもりだが、長所を紹介する中で、聞き手には違う長所が見えたりすることが少なくない。

話は大いに盛り上がり、予定した2時間を大きくオーバーしてしまった。


楽習会は、私からの情報提供をキッカケとして、意見を発表しながら相互啓発をする場である。啓発のスタートは、メンバー同士がよく理解することであるが、それができていないのが実情である。

名前や職場は知っているものの、その人なりについては知る機会も少ない。
限られたメンバーではあるが、その人の長所を知ることは、「自分もそうなりたい」とか、「もっと磨きをかける」、というような目標が生まれるはずである。

「人は人によって育てられる」、と考えており、故に、人間交流が重要である。

今回は意図的に、「相手の長所を探そう」、と話し合いに臨んでもらったが、日常的にも是非そうしてもらいたいものである。

上司や同僚の事を、「イヤだイヤだ」と思っていると、なすこと全てが欠点に見えてくる。
しかし、逆の心で接して見ると、素晴らしいことが見えてくるものである。まさに、「あばたもえくぼ」である。

難しいのは、そうした気持ちになれるかどうかということであろう。


「相手のいい所をみよう」、こう決意して実行してみることである。

意識して見ることにより、その人に好感がもてるようになる。それが、その人から何かを学んだ時だと思う。
posted by 伊藤保徳 at 08:52| Comment(0) | 人づくり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月26日

進行管理

先日、6月1日が「総務の日」である、という新聞記事を紹介したが、その中に、童門冬二氏の講演抄録もあった。(日本経済新聞6月23日)

講演抄録では、「歴史に学ぶ総務部門の役割」と題し、二人の武将が取り上げられたようだ。武田信玄と直江兼続である。

共に、「総務部門の役割」という視点での話であるが、二つの内容は異なる視点で、興味あるものであった。

武田信玄の場合は、トップと幹部の関係の中で総務の役割を説明している。

「人は城 人は石垣 人は堀 情けは味方仇は敵なり」、というのは信玄の有名な言葉であるが、一般的には、部下思いの信玄の温かさと解釈されているが、童門氏はこれを、「分権と責任」を語る言葉であると解説している。

24人の幹部を通じて分権し、信玄のポリシーや理念、行動計画などを末端まで浸透させる。つまり、分身作りである。
どんな末端も信玄にしてみれば分身であり、責任を共有する体制を作り上げることが、「人は城・・・」という言葉の意味であろう。そこで総務部門というのは、その「進行管理」を担っているという説明である。

加えて、「進行管理」の業務内容の説明が面白い。
「進行管理とは、チェックと観察の仕事である」、とは端的でわかりやすい説明である。


もう一人の武将、直江兼続は今、NHK大河ドラマの主人公で急に注目をされるようになったが、ドラマを見ながら、上杉家の「総務部長」のような役割を担っていることがよくわかる。

兼続が、総務として真価を発揮するのは、関が原の合戦に敗れ、倒産の憂き目にあう頃からのようだ。

米沢での藩運営は厳しく、自ら範を示しながらの改革を推進したようだが、結果は「あの人の言うことなら・・・」と信頼を集め、兼続らしさを存分に発揮したという。

この話こそは、「目指すべき総務」である・・・と。

総務部門が、トップの考えや方針を浸透させる「進行管理」を担当するとすれば、時として「権力」を伴うことがある。しかし、それを露骨に出せば嫌われるという難しい立場でもある。

それを、直江兼続は見事に成し遂げたという例である。


二人の武将の話し、「進行管理」という仕事。
講演抄録を読みながら、納得できることばかりであった。

一つだけ意見があるが、「進行管理」より、「浸透管理」という言葉のほうが腹に落ちるような気がする。

自身の経験からも、理念の浸透は幹部として、あるいは総務部門として極めて重要な仕事だと思っている。
そして、その具体的な内容が「チェックと観察」であったことも。
posted by 伊藤保徳 at 07:37| Comment(0) | 経営に関して | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月25日

瀬戸の町並み

地元ケーブルテレビの株主総会が開かれ出席をした。

このケーブルテレビ会社の本社は名古屋市守山区にあるが、もともと名鉄が出資主体となって立ち上がったものであり、名古屋栄と瀬戸を結ぶ名鉄瀬戸線沿線を営業エリアにしている。
名古屋市守山区もこの瀬戸線が走っており、その駅の一つである大森駅に隣接して本社がある。

さて、その株主総会であるが、今までは名古屋市内での開催されていたが、今回は瀬戸市内の施設で開催された。瀬戸線終点から徒歩5分の所にある「瀬戸蔵」である。

この建物は、2005年の愛知万博に併せて建設されたもので、町のシンボルにもなっている。

その4回で総会が開催されたが、そこからは瀬戸の町を一望できる。

役員の一人から、「瀬戸の町はキレイになった。昔は、煙突が林立、町の中心を東西に流れる川の水は乳白色だった。今では鮎も遡上していると聞く。」との話があった。
役員の中で、瀬戸出身者は私一人であり、その話を受取る形でいろいろと説明をした。

しかし、瀬戸出身といっても私は市街地から離れた農村の生まれであり、その昔の光景を知っているわけではない。
写真で見たり、先輩から聞いた話を紹介する程度だが、瀬戸蔵からみる瀬戸の町並みはスッキリしたように思う。


三方を山に囲まれ、中央の川の周りに家並みが広がっているが、所々に背の高い建物がある。ほとんどがマンションで、その昔は陶磁器工場であった所だと聞いている。

林立していた煙突は、今は見ることはない。

川の水はきれいになったが、そのことが窯業産業の衰退を示しており、産業関係者に言わせれば寂しいことである。


瀬戸をおとづれる多くの人たちは、町の持っている雰囲気に好感を持っていただく。
しかし、地元の人たちはそれに素直に応じず、「あれがいけない」「ここがダメだ」という声が多い。残念ながら、町に対する誇りを持っていないように思う。

町の問題点を指摘し、悦に入っている場面によく遭遇する。

地場産業である陶磁器は年々縮小の今、町を昔のように活気付けるには「地場産業」というハードに決別し、ソフトへの転換であると考えている。
小さくまとまった家並みは、昭和の時代を彷彿させ、人の温もりを感じる。

これらを観光資源として、もっと外から人を呼び込む工夫が必要である。

今は、イベントなどを開催し、いろいろな取組みがされているところである。
ただ、残念なのは「市民の意識」があいも変わらず低く、誇りを持っていないところである。


窓から広がる家並みを見ながら、「素晴らしい所や、他所にないいいもの」をもっと発掘し、広く紹介したいものだと思った。
posted by 伊藤保徳 at 19:37| Comment(0) | 街づくり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

名古屋弁

ジャケットの胸ポケットに、名刺大のカードが入っていた。

いつ頃もらったのか、全く記憶がないが、名古屋市内でタクシーを利用した時だということはわかる。それが、タクシーの「お迎え案内」だからだ。

その裏に印刷されていたのが「名古屋弁」あれこれであった。
全部で、20個の言葉が標準語と併記されている。

今までなら、ゴミ箱行きであるが、最近「名古屋弁」について何かと言われていることもあり、改めて見て見た。
名古屋弁が話題になっているのは、先の名古屋市長選で当選した、河村たかし氏がよく使われているからである。

河村氏は民主党の議員であった頃からテレビにも時折でており、地域での知名度は抜群である。しかし、市長選では、党本部と地元議員団との意見があわず、すこしごたごたしたが蓋を開けたら圧勝であった。

当選以来、何かと話題を提供しており、マスコミへの登場も増えた。新聞に「河村ウオッチ」なるコーナーが設けられたほどである。
公約の内容については、市議会でこれから議論されるところであるが、新市長の使う「名古屋弁」も何かと話題になっている。

「親しみを感じる」とか、「この際、名古屋弁を全国に広めよう」、という好意的な意見もあるが、「品がない」とか「きたない」、という意見も少なくない。

今後、市政運営に力を発揮し、支持が高まれば「市長の名古屋弁はよい・・・」ということになろうが、今は様子見のところがあり、賛否両論なのであろう。


ところで、この名古屋から東に20キロ弱の所にある我が瀬戸市には「瀬戸弁」がある。
名古屋弁と大きく違うわけではないが、独特な言い回しもある。

方言というのは、その地域独特のものであり、昔は「お国訛りは通行手形」と行ったこともあるようだ。東京などで、名古屋弁や瀬戸弁を耳にすると、初対面なのに昔からの友人のように思うことがある。


私は気がついていなかったが、社内では瀬戸弁を一番使う人だといわれているようだ。

人前で話す機会が多く、気をつけているが普段の話し言葉は「瀬戸弁」のようだ。

改めて方言使いの良し悪しについて考える機会となった。

私は会話の相手によって使い分けることがベターだと思っている。
公式な場面とか、多くの人に思いを伝える時は標準的な言葉が適当だと思う。しかし、個別に、あるいは仲間内では使い慣れた言葉での会話が親しみを増す。


言葉は「心を表す」とも言う。
その人への親しみが名古屋弁に表われているとすれば、「気さくで、えー人だ」、という評価もうなづける。
posted by 伊藤保徳 at 08:38| Comment(0) | 街づくり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月24日

法人会青年部

「法人会」というと、このブログでは「倫理法人会」を連想しがちだが、今回は、国税庁所管の「法人会」の話である。

瀬戸税務署管内の事業所で組織する「社団法人瀬戸旭法人会」は、この地域では会議所に次ぐ大きな組織である。
縁あって、4年前から副会長を拝命している。

法人会の副会長には、それぞれの役割があり、私の場合は、広報委員会と青年部会を担当する立場にある。

広報委員会は、年二回の会報の発行が中心的な職務であるが、愛知県法人会連合会の広報委員を兼務することになっており、年間に数回、会合に出席することになっている。

それほどの仕事量があるわけではないし、委員会という組織での仕事であり、格別負担にはなっていない。しかし、青年部会の担当というのは、未だ職務内容がハッキリしておらず、戸惑ってばかりいる。

法人会として所管をするわけで、本来は、部会活動に対して的確なアドバイスや、効果的な支援をするべきだとは考えているものの、なかなか実行できず、申し訳ない気持ちで一杯である。

総会に出席し、部会員に激励の挨拶をする程度であるが、もう少し期待の内容を具体的に示さねばならないと思っている。

そこで、先日(6月22日)の総会では、日ごろから思っていることについて述べようと思っていた。

総会での議案審議は誠にスムーズに進み、短時間で議案は原案どおりに承認可決された。その後、来賓としての挨拶に指名されたが、そこで、初めて青年部会に期待していることについて述べさせてもらった。

それは、21年度の事業計画の中で、特に期待したいことであった。
「組織活性化に関する事業」の中から、《ホームページに関する事業》と、「地域貢献事業」である、《租税教育》の二点である。

ホームページは、その一部を事務局が更新しているものの、活動内容の紹介や、会員への情報提供は青年部会の担当である。
ホームページは、会員への情報提供とともに、法人会活動をつぶさに見てもらい、新しい会員獲得のための媒体だと考えている。

したがって、旬のニュースを頻繁に更新することにより、読者を増やしたいと思っているが、この事を青年部会で担当してもらいたいのである。


もう一つは、社会貢献として、ラジオ(地元FM局)で「租税教育」を行っていることである。
既に二年実施しており、毎年の確定申告の時期にあわせ、税に関する話を放送している。


この、期待する二項目は、「税」を通じた「市民広報」であり、極めて意義ある活動だと思っている。
ある面、まちづくり活動である。

公益に資するために組織された法人会であり、至極当たり前のことではあるが、それがあまり積極的とは言いがたいのである。


改めて、法人会青年部会のあり方について検討の必要があると思う。

同時に、その指導方法についても研究をしたいと思ってる。
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2009年06月23日

総務の日

日本経済新聞の朝刊(6月23日)を見ていて、今年から6月1日が「総務の日」になったことを知った。

「どんなことを記念」して「総務の日」が決まったのか、皆目見当もつかず、まずは解説を読んでみた。

《今も昔も、企業・組織を守り、発展させてきた総務部門。その役割は時代の変遷とともに、更に重要さを増しています。経済や企業活動がさまざまな不安に包まれているいま、総務で働くみなさまが「組織のチカラ」となり、企業の要として活躍して欲しい。そんな願いとともに総務を応援する日、それが「総務の日」です。》とあった。

日本記念日協会が、6月1日を「総務の日」に正式認定しているという。

日本人は、「記念日」の好きな国民だと思うが、これは「個人的に・・・」というより、「みんなで・・・」という事を好むせいだと思っている。

そう考えると、誰が仕掛け人なのかが気になるところである。
解説の欄に「ナナ・コーポレート・コミュニケーション『月刊総務』」とあるので、ここが先導役なのであろう。

『月刊総務』は、以前読んだことがあるが、企業の総務部門で大いに購読、活用されていると聞く。


新聞には、この「総務の日」が制定されたことを記念し、セミナーが開かれたことやその講演抄録が載せられていた。
講師は、小説家の童門冬二氏で、歴史に学ぶ最新総務部門の役割と題した講演であったようだ。
その内容は、改めて紹介したいと思う。


私自身、今までの勤務で、総務部門との関わりが長いし深い。
それだけに、思い入れも強い。

昔に比べて大きく違ってきているのは、諸々の業務が専門化され分業化したことである。
昔(会社規模の小さい頃)は、「わからないことは総務に聞け」、とばかり、よろず引き受け業が総務部門であったような気がする。

70年代半ば頃から様変わりをしたように感じる。

組織の拡大により、致し方ない面もあるが、あの頃の良さまでなくしてしまっているように思える。
その良さとは「人間対応」である。
総務部門は母親だったり、頼りになる兄貴のような存在であり、判断やアドバイスの基準が「気持ち」であったような気がする。

つまり、「社長だったらこう考えると思う」、とか「我社の伝統から言えば・・・」という助言がもらえた。

判断の基準を規定だけに求めるのではなく、「気持ち」や「価値観」をそれに加えたいものである。


「総務の日」は、《総務を応援する日》ということだが、「総務部門」という一つの職種を考えるのではなく、この日を、「総務業務を考える日」としたい。

全ての組織単位には、大小関係なく「総務業務」は存在している。

まずは管理者が、それを兼ねている認識をすることが肝要であり、母親や兄貴のような役割を果たすことができるようにしたいものである。
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2009年06月22日

本地の郷

本地の将来を考える会で、7〜8年前から取組んでいる事業に「里山再生」がある。

「里山を再生する」というのは些かオーバーな表現であるが、一種のビオトープである。
荒地を整備し、池を造り草木を植え込み、ようやく散策できるまでになった。
昨日の日曜日、雨の中見てまわったが、始めた頃とは全く違う景色であった。

この事業は、本地の会で行っていることになっているが、一人の熱心な会員の力によって今日の姿になったといって過言ではない。

取り組みは、「蛍の里」にしようということであったが、まずは水が問題になった。
近くを流れる川から水をくみ上げせせらぎを造り、蛍の餌になるカワニナを育てることから始まった。

「蛍の里」を見学したり、蛍の研究をしたりしながら、いろいろ挑戦したがなかなかうまくいかなかった。
結果、造った池の周りに草花を植えたりし、地域の皆さんが散歩に出かけられるよう場所として、「本地の郷」と命名した。

以後、小学生が社会科の授業で訪れ、自然観察などに活用していた。

少し放置すると雑草が伸びるため、定期的な草刈を行っていたが、今一つ盛り上がりに欠けていた。


しかし、会員の努力により、見違えるような環境となった。
私が「里山再生事業」と呼ぶのは、こうした会員の努力に敬意を表しているからである。

蛍は諦めたものの、大小三つの池には、魚が放流され、今週24日には、小学生による「魚の生け捕り」が行われるという。
残念ながら私は参加できないが、子ども達はきっと喜ぶことであろうが、池に放たれた魚は、近郊の池や川から捕らえてきたもので、これら全てを会員が行っている。

会員といっても、一所懸命な一人が機関車の如くみんなを引っ張っている。

些か強引な所もあるが、迅速な行動力の前には、言葉もない。


かくして今年からは、本格的な事業になりそうである。
私が関われる部分は少ないが、折角の環境であり、広くアピールして利用者を拡大したいものである。

地域の遊び場として、住民から認知されるのもそれ程遠くないと思っている。
posted by 伊藤保徳 at 23:17| Comment(0) | 街づくり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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