2009年04月28日

続「職場の教養」

昨日の「暁楽習会」では、二人の意見発表があったと書いたが、もう一人の方を紹介する。

彼は、『職場の教養』5月号より、5月1日「聞く前に」、という項目を選んだ。
内容は、新人が仕事を進める上で、わからないことを先輩にたずねる場面。最初の頃は親切に教えてもらえたが、最近は《そんなことまで聞くのか》、という顔をされ面倒がられているという。

新人は、「ミスがないようにと思い、意欲的に何でも聞いているのに何故?」と感じ、つい態度に出してしまった。
すると上司が、「率直にものを聞く姿勢は評価できる。でも安易に聞く前に、まず自分で充分考えること。質問は、その考えが正しいかどうかの確認をとるためのものだよ」と指摘された。

自分なりの意図を持って仕事に取組みたいものです・・・と、結んでいる。


意見発表をした彼は、昨年4月に入社した社員である。
自身を振り返りながら、文章にある「新人」とダブったのであろう。
感想として、「自分もよく考え、自分なりの考えを持って相談するようにします。」というものであった。


議論の中心は、「わからないとき、困った時にどうするか」、ということで、結論的には「自分なりの考えを持つ」、ということになった。

楽習会ではここまでであったが、ふと、先日紹介した一冊の本のことが思い浮かんだ。
「折れない新人の育て方」(船戸孝重・徳山求大著、ダイヤモンド社)のことで、紹介した「新人がつまづきがちな10の場面」の中に、『職場の教養』の一文と同じような場面がある。

「考ええもどうしたらいいかわからない」、という場面である。

新人にしえ見れば、「何でも聞け」、といわれながら、「聞く前に考えろ」といわれてしまったら、一体どうすればいいのか、余計に悩みこんでしまうだろう。

状況が千差万別であり、唯一の絶対解があるわけではないが、まずは「質問してみる」「相談してみること」であり、周りはそれを受け入れる態度であるべきであろう。

「聞く前に考えろ」、は人にもよるが、質問や相談にはまず耳をかたむけるべきで、その後のやり取りの中で共に考えることが肝要であろう。
話しながら答えが見つかったり、解決の糸口が見つかることだってある。


「聞く前に、まず自分自身で考えましょう」とは、自由に話のできる雰囲気があることが前提のように思える。

相談にのって貰える人に、「どうしたらいいでしょう?」とは言わないものである。自身の中に幾つかの考えがあってどちらかに決めかねているから相談するのである。

そうした事を考えると、『職場の教養』にある上司の一言は素晴らしいと思う。

『率直にものを聞く姿勢は評価できる。でも安易に聞く前に、まず自分で充分考えること。質問は、その考えが正しいかどうかの確認をとるためのものだ。』


posted by 伊藤保徳 at 08:53| Comment(0) | 人づくり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「職場の教養」

昨日は第40回目の「暁楽習会」であった。

若手社員の希望によって、会社業績や経営課題を説明し、40分程度は『職場の教養』(倫理研究所発行)の読後感を発表してもらっている。

その発表に対して、質問や意見交換を行うのが現在の楽習会の概要である。

発足時は新聞や雑誌から、参考になりそうな記事を抜粋して解説したり、意見交換をしていたが、昨年の2月頃から『職場の教養』を活用している。

今日は暁地区での楽習会であったが、二人のメンバーから発表があった。

一人は、コミュニケーションについてのことであった。(4月27日、「和」)
彼は、先日終了した「異業種交流会」のメンバーでもあり、5回ほどの会合で「コミュニケーションの重要性」を再認識したようで、その時の状況を披露しながら、「自分の思いを、事情を全く知らない人にわかってもらうことはとても難しい」、ことを語ってくれた。

『職場の教養』には、「和」のタイトルで、「日本人は《和》を大切にする」、しかし「《和》を重んじて何でも同調するのはいかがなものか」、「相手に合わせることも大事だが、自分の考えを上手に伝える自己表現力を身につける必要がある」、という内容で、今日の心がけとして、《コミュニケーション力を高めましょう》であった。


議論は、「コミュニケーション力」の高め方に集中したが、私は「和を大切にする日本人」というところが気になった。我社の理念も「和」であるからである。

発言が一段落した後、「和」について考えを披露した。
そもそも「和」というのは、聖徳太子の十七条憲法に由来していること。そして、その第一条にある「和を以って貴しとなし」というのは、一条の初めの部分であり、後半には「十分に話し合いをして物事は決めよ」、と言っている。

つまり、「和」を大切にするということは、単に「仲良くする」ということではなく、十分な話し合い(コミュニケーション)をとることが重要であるということである。


正確を期すため、帰宅後その本を改めて読んで見た。(『日本史集中講義』井沢元彦著、祥伝社黄金文庫、2007.6.20初版)
本書では、《歴史は点と点の繋がりで見なければならない。結果が原因を生み、それがまた結果を生む》とし、憲法十七条をはじめ、秀吉の朝鮮出兵の理由、徳川の平和が何故二百年も続いたのか、などのことが書かれており、歴史を見直すキッカケになった本でもある。

さて、十七条憲法であるが、その第一条とは・・・(現代文に訳)
《第一条 おたがいの心が和(やわ)らいで協力することが貴いのであって、むやみにはんこうすることのないようにせよ。それが根本的態度でなければならぬ。

ところが人にはそれぞれ党派心があり、大局を見通しているものは少ない。だから主君や父に従わず、あるいは近隣の人びとと争いを起こすようになる。

しかしながら、人びとが上も下も和(やわ)らぎ睦まじく話し合いができるならば、ことがらはおのずから道理にかない、何ごとも成しとげられないことはない。》(中村元著『聖徳太子』東京出版より引用)

こんな具合である。

何故「和」が重要かということが、後半の文章で理解できる。


今日の楽習会では、ここまで詳しくは説明できなかったが、「コミュニケーション力」を高めるための技能のことだけではなく、「コミュニケーション」を深める意味も考えて欲しかった。


『職場の教養』は、一項目400文字程度の文章ではあるが、じっくり読み、考えたならば学ぶ点は数多くある。

posted by 伊藤保徳 at 06:13| Comment(0) | 人づくり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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