2009年04月23日

介護者の介護

タレントの清水由貴子さんが、父親のお墓の前で自殺をしたという。

彼女のファンのはないが、テレビではちきれんばかりの若さを発揮し、明るい人だという印象があった。とても自殺をするような人には思えなかった。


今朝、ブログに「継続とつながり」というタイトルで、「つながることは大切だ」、ということを書いたが、その後、「朝ズバ!」を見ていたらこの事を放送しており、改めて「つながり」の重要性を感じた。

放送では、彼女が三年前に芸能界を引退し、母の介護を献身的に行っていた様子や、父の眠る霊園まで送ったタクシーの運転手のコメントなどを紹介し、「彼女に何があったのか?」と問いかけていた。
自殺の現場には車椅子に乗った母親もいたという。

例の如く、識者がコメンテーターとして出演。介護の現状や介護者の苦労について語っていた。

そのコメントの中に、「介護者の介護が必要」という言葉があった。

ともすれば、一人で考え、悩み苦しみ、不幸にして死を選んでしまったが、「愚痴をこぼすだけでもいいから人とつながって欲しかった」と思う。

私の身近にもそうした状況下でがんばっている人がいる。
その中に妹もいる。嫁ぎ先の母親が目を離すことができない状況である。不幸なことに、夫が先頃入院をしたのだ。

先日電話がかかってきた。
本人は、「愚痴を聞いてもらいたい・・・」とのことで、30分近く話を聞いた。
夫は病院、息子は東京と、家では介護を必要とする母親と二人だけの生活。毎日が息の詰まるような日々だということは容易に想像できる。

こういうことがあったので、清水さんの報道が余計気になった。

人間一人では弱いものである。同時に人や社会とのつながりがどれほど大切かも実感する。


「介護者の介護」。とても重要なことであるし、いつ介護される立場になるのか、正に全ての人にとって切実な問題である。

介護をしている人が愚痴をこぼすことは、至極当たり前のことであり、周りの人たちがそれに耳をかたむけ、頷くだけで「介護」になる。
テレビでのコメントはズシリと響いた。


そういえば、妹との話の最後、「話をしたら少し気が楽になった」、と言って電話が終わった。

見舞い出かけるのもいいが、いつでも気軽に電話が掛けられるつながりを保っていたいものである。


posted by 伊藤保徳 at 09:36| Comment(0) | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

継続とつながり

今までいろいろなことをしてきているが、成果をあげたり、成功に向けて手ごたえを感じたことを振り返って見ると、「継続とつながり」という言葉が思い浮かぶ。

良いと思ったことを実行に移しても、継続しなければその成果は小さく、改めて「継続は力なり」、という言葉を実感する。
事を始める時、「継続の可能性」を考えることはとても重要なことだと思う。

「継続するには覚悟が必要である」と、今までは考えていた。思いついた自分自身がまず続ける、という決意と執念が必要と思っていたからである。会社でも地域でも、あるいは業界内においてでもある。
しかし、継続に「つながり」を加えてみると、発想が大きく異なることがわかる。

つまり、事を仕掛けるときに、「一人称」で考えるのではなく、「多人称」(つながり)の中で検討してみることである。
人は一人で生きているのではなく、全体(自然界)の中で生かされているということである。
発想は個人であっても、「全体で考え、実行する」という姿勢が必要である。それが「継続とつながり」だと思える。


昨日東京で、業界の会合に出席したが、第二次の中期計画が承認された。
十数年前のことだが、21世紀の工業会運営について議論する機会があり、内々の問題だけを検討する活動から脱皮し、広く社会にアピールする活動をすべきだと発言した。

その後、11月11日を「配線器具の日」と制定し各種の事業を行ってきた。昨年が10回目であったが、曲がりなりにも継続してきたのである。

更に、三年前には、「中期計画」を策定、戸惑いながらも本年三月第一次中期計画が終了、本年度から第二次中期計画を実行することになっている。

この計画の核は「三位一体の活動」である。
我々製品製造者、販売や工事を受け持ってもらう業界、そしてそれを使用する消費者の三者が、「安心・安全・快適」を目指しての活動である。つまり、「つながり」である。

工業会だけで考えたり、活動していた時代に比べたら大きな変化である。

「つながり」を考えるということは、三者のことを意識することであり、今まで各メーカーが独自に行っていた「アピール」を組織的に行うことになる。それは「世論形成」にもつながるものである。


これは業界の事例であるが、まちづくり活動においては、「継続とつながり」が最も必要である。
はじめたことは小さなことでも、継続することによってつながりが広がり、ついには大きな流れとなるのである。
狛犬をキャラクターとした地域の活性化も、そんな思いでいる。


結局は、世のため人のためになることを、出来ることから実行し、それを継続する。そして「つながり」を考え、輪を広げていく。これがポイントである。

自分一人が良いと思い、執念を持って継続したとしても、「つながり」を考えないとか、「つながり」が生まれてこないとしたら、それは結局ひとりよがりなのである。

「継続とつながり」・・・心したい言葉である。
posted by 伊藤保徳 at 06:29| Comment(0) | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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