2009年04月18日

日本の良さ

最近日本の良さについての発言が多く聞かれるように思う。

先の中曽根総理時代の教育基本法改正でも「美しい国日本」とかいわれていたし、比較宗教学の先生も「日本が世界の見本」、というような発言があった。

倫理研究所の理事長も著書の中で、日本の文化性の高さについて論及している。

私自身、25年ほど前から海外に出かける機会が増えたが、アメリカや中国に行くたびに日本の良さを再認識している。
四季のある自然をはじめとし、人の奥ゆかしさや立ち振る舞いなど、日本も日本人も素晴らしいと思っている。


「致知」4月号ににも同種の記事があった。タイトルはなんと「世界の未来が日本にある 極楽浄土の国・日本」である。「極楽浄土の国」とは、些か大仰ではあるが、この発言が韓国人女性であることは驚きであった。

記事は、拓殖大学教授の呉善花(お・そんふぁ)氏と、筑波大学名誉教授の村上和雄氏の対談である。呉氏は、韓国・済洲島出身で、83年来日、現在は拓殖大学で「日本の歴史と文化」という講座を受け持っていると言う。

対談では、呉氏留学のいきさつから始まっているが、韓国にいる頃は「反日少女」だったという。韓国での反日教育をうけ、凝り固まっていたと述懐している。
それが、来日して見て大きく変わり、「極楽浄土の国」とまでいっているのである。

氏の価値観が変わっていったプロセスは誠に興味深い。

興味を持ったことを紹介する。
・儒教ではわからない国
《儒教文化圏やキリスト教文化圏の人たちは、「どんな生き方が正しいか」というと、倫理的、道徳的に生きようとする。これが理想です。だから、「悪い人間だ」と言われることを一番嫌います。
日本人にも「倫理的に、道徳的に」という枠組みがありますが、それよりも「どんな生き方が美しいか」ということに、より重点を置いています。》

言われてみれば、「粋」とかいうのは日本特有であろう。要するに美意識である。

《韓国に限らず、儒教文化圏やキリスト教文化圏では、人為的なものー人工的で、左右対称で、ピカピカ輝いているものが美しい。別な言い方をすれば自然から離れたものほど美しく、高度な文明だと考えています。》

これは全く知らなかった美意識、価値観である。
日本人の持つ「自然崇拝」とは対極にあると言っていいだろう。


こうしたやり取りが続くが、外国人から指摘されると気づくことも多くある。


感じたことは、国際化というのは先進諸国に追いつき追い越せと言うものではなく、自国の文化性が諸外国のそれとどう違うのか、正しく認識するのが第一歩であるということである。


posted by 伊藤保徳 at 07:10| Comment(0) | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

反省慰労会

4月4日に開催した「花見の宴」について、実行委員の慰労を兼ねた反省会が開催された。

関係者の中で、都合のつく人たちだけの参加であったが22名の出席で、いつもながらまとまりの良さには感心する。

会費制での反省会であり、真の「慰労会」ではないかもしれないが、集まって一つの事を話題にして食べたり飲んだりするのはいろいろな面で効果があるように思う。

まずは気持ちが一つになれることである。
「たかが花見のイベント」というなかれ。「飲み会」を侮ってはいけない。


この「花見の宴」は、昨年より始まったが、その企画運営は我社本地工場の「有志」が実行部隊となっている。
その主力メンバーとは、仕事よりもそれ以外の付き合いのほうが多いが、話し合いの中で、当然ながら職場の問題なども話題になったりして、私にとっては現場の話を聞く絶好の機会でもある。

まとまりの良さは、周りへの影響力も生み、イベントの企画段階からそれぞれの役割を持ちながら一つの方向に向って活動することになる。
新しいメンバーの参加についても積極的であり、必ず役割が与えられているようである。それが旧メンバーと絶妙なバランスとなり、力が大きくなっているようだ。

私にも役割があるが、あえて言えば「顧問的」な立場である。
象徴的なことは、準備が始まる時の「会合」と終了後の「反省会」には必ず出席を求められている。二つの会合は共に「飲み会」ではあるが、参加者のやり取りを聞きながら、「動員目標の設定」や「企画内容に対するアドバイス」を行っている。

反省会は「次回の企画内容」が中心的話題になるが、つねに新しい何かに挑戦しようとしている点は素晴らしいと思っている。

こうした会合は、イベントを成功させることが直接的な狙いではあるが、私には「価値観の統一」や、「伝統の継承」「態度、言動を指導する場」のように思える。
本人達にその認識はないのかもしれないが、私にはそう見える。


他の工場でもこの種のイベントは行っているが、前後にきちんとした会合を持ち、「思い」を伝えあう機会を持っているのはこの工場だけである。
仕事でもイベントでも、所期の効果をあげるには、役割分担やルールを決めるだけでは不十分で、十分な意思の疎通が必要である。それが「準備会合」であり、「反省慰労会」なのである。

今回も、前向きな意見が多くあったが、中でも参加呼びかけを「社員と家族」から、地域住民へも広げてはどうかと言う提案には感心した。
規模の拡大に対する労力について、それだけ喜びが大きくなると言うのだ。


企業市民としての自覚からか、社員からこうした声が出るのは喜ばしいことである。

このことについて、地域の人たちへの打診は私の役割になろうが、次回以降の「花見の宴」が益々楽しみになる。
posted by 伊藤保徳 at 05:03| Comment(0) | 人づくり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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