2009年04月04日

先駆者の誇り

4月は新しい年度の始まりであるが、名古屋学院大学大学院でも昨日開講式があった。

新しい院生40人ほどと、教職員20名ほどの参加であったが、式に続いて「ウエルカムパーティー」が催され、社会人大学院としてまた新しい試みがなされた。
催しは2時間という限られた時間ではあったが、和気藹々の中にもこれから勉学に臨む熱気が溢れていた。

私は二つの立場で参加した。
一つは、大学院同窓会長として祝辞を述べること。そしてもう一つの立場は客員教授としてであった。

大学院での講義は、4年前から行っているが、今年からは二つの科目とゼミを持つことになった。新しいことの取り組みであり、不安もあるが精一杯努めようと思っている。


さて、開講式とパーティーで5人の教授からスピーチがあったが、端々に感じたことは、「先駆者としての誇り」である。社会人大学院として、学びやすい環境づくりに配慮していること、熱意である。

「サテライト教室」、「平日夕方と土曜日を使っての講義」などであるが、本大学院が13年前に創設された以降、文部科学省では「サテライト教室は名古屋学院大学大学院がモデル・・・」とも言われたそうだ。そして昨日の「開講式」も初めてことである。

今でこそ社会人大学院は珍しくないが、こうした先駆的な取組みが支持を得ているのであろう。
だからこそ、それを誇りとして、勉学や研究に対する指導、支援に熱がこもるのである。


「今まで学んできたことが唯一無二の原理なのか?という疑問を持つ。」
「見学の精神《敬神愛人》の実践。」
「研究テーマはコネコネしながら面白いものを見つける。」
「研究は、実務改革の発見。」など、各教授のスピーチは印象的なものであった。

これらは、これから学ぼうとする人たちにとって、踏み出す力になったと思う。


因みに私からの祝辞は、「人とのつながりから生まれる気付きや知恵」ということを強調、自身を多いに磨いて欲しいこと、そして本大学院にはその環境と機会があるということを話した。


私が一期生として、当時の研究科長(現学長)から聞いた話は今でも良く覚えている。

『研究とは深く学ぶことである』
研究と勉強との違いを教えてもらったが、この事を意識すると研究には「面白さ」がある。故に、打ち込めることが出来るのである。

縁あって入学した人達に、早く「面白さ」をつかんでもらうべく支援したいと思っている。
誇りを胸に。


posted by 伊藤保徳 at 07:02| Comment(0) | 人づくり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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