2009年04月03日

家族という単位

今朝の日本経済新聞「春秋」欄に、「家族を対象」にしたマーケティングのことが書かれていた。

内容は、東京ディズニーリゾートが今から26年前の春にオープンしたが、その時の新聞記事に触れ、短期的な利益追求ではなく、長期的な、しかも信念を持った投資が重要であることを述べている。

東京ディズニーリゾートは、既に報道されたように、昨年は開園以来の最高入場者数を記録し、26年間で合計4億6千万人を越えたという。

この要因として、「家族で一緒に楽しめる」ということだと所見を述べている。


読んで見てなっとくのいく意見である。
来場者の70%がリピート客ということも驚きだが、その営業コンセプトは素晴らしいという以外の形容が見当たらない。

「春秋」欄では、開園翌日の記事から、「黒字化に時間」、「ハイテク時代に童話の世界は時代遅れ」、「熱しやすく覚めやすい日本人にはどうか」、というような、批判ではないにしても「お手並み拝見」という論調であったことが紹介されている。

確かに、今日のように毎日が盛況であることを予想した人は極めて少なかったと思う。


記事では、この東京ディズニーリゾートと共に、任天堂のファミコンも取り上げ、こちらも発売当初に目立った記事は無かったことを紹介し、この二つの共通点を次のようの述べている。

《目先の好不調にうろたえない。長い目で見て、必要な投資はきちんとする。共通点はいろいろあろうが、最も大きいのは「家族」で一緒に楽しめる機会を提供してきたということだろう。

これは、個の時代であり、狙うのは個人客。そんな市場戦略の常識に挑戦しはねのけた四半世紀だったといえる。》・・・こう結んでいる。


最近考えていることに、ひと頃盛んに言われた、「多様性」とか「個人・個性」、「自立性」などということが、日本の文化では馴染まないのではないか?ということがある。
農耕文化の中では、「没個人・没個性」であったのではないか。こんな思いがある。

同時に、日本人に合うのは、「連帯」とか「つながり」であり、その最小の単位が「家族」ということである。

「個の尊重」から、家族を始め、隣近所、地域という中でのつながりを、日本人は本能的に求めているようにも思う。

会社でもそうかもしれない。
体制が整い、それなりの規模になると全員の連帯は薄れる。これは致し方ないとしても、職場単位などで旅行やレクリエーションが復活しつつあるという。
我社でもそうである。


こうした現象を見るにつけ、26年前から「家族が一緒に楽しめる機会の提供」、という戦略は誠に的を得たものといえよう。
車でも家族が一緒に乗ることの出来るワンボックスカーに人気が集まっている。


会社として考えたいのは、社内で「家族的な連帯」をいかにして作り上げるか、ということ。もう一つは、社員とその家族を含めた対応を研究することだと思う。

創業者を始めとし、歴代のトップは「社員は家族」という強い思いをもっており、そのことの具現化に、もう一度取組む必要がありそうである。
それが、現在の環境適応である。


この不況下で、大切なことを思い出させてもらった。
不況下では、「原点にかえる」「基本を見直す」絶好のチャンスという。


posted by 伊藤保徳 at 15:22| Comment(0) | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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