2009年04月16日

記者発表

4月14日午後4時より、かねてから準備をしていた「せと狛犬プロジェクト」の活動状況について、新聞各社に発表を行った。

既に、我社や地域の花見の会場で、「着ぐるみ」のお披露目や一部商品の販売を行ったが、出来上がった商品のメイン販売所である「せとものプラザ(瀬戸蔵)」での陳列コーナーでの飾りつけも終わったことからその場所で説明会を開いた。

冒頭に、お礼と共に経過の説明を行った。
《この度は私たちの狛犬キャラクターデザインと、ネーミングの公募の記事を掲載していただき、誠にありがとうございました。

審査の結果、デザインは横浜市の栗林さんの作品をがグランプリと決定させていただきました。そして、名称は、「せとこま」とし、現在商標登録手続き中です。

狛犬は、全国いたるところで見ることが出来ますが、我が瀬戸市の深川神社に鎮座される狛犬は、「陶祖」である加藤四郎左衛門景正が、この地でやきものに良い土を見つけることが出来たという、感謝の気持ちから狛犬を制作、神社に奉納されたといわれており、国の重要文化財となっています。

昨年の夏頃から、議論が始まり、「せとの狛犬」をアピールする方策として、キャラクターデザインの公募をしようということになりましたが、限定されたテーマでもあり、どれほどの反響があるか内心は心配していました。
公募期間が年末年始になったことも心配の種でした。

ところが締め切りの迫った1月中旬になり、全国から多数の作品が送られてきて、関係者にとっては大きな励みとなりました。
結果204点の作品が寄せられましたが、それぞれの作品に付けられたコメントを見て、全国各地の方々の瀬戸市への熱い思いを感じ、急遽市民に披露しようということになりました。

第一次審査で80点に絞り込み、その作品を一週間展示、人気投票もしてもらいました。

そこでの反響も参考にしながらグランプリを選定させてもらいましたが、深川神社の狛犬にも似ており、可愛くて親しみの持てる「せとこま」です。
選考に当たり、陶器で作るための容易性や、その他の商品への展開性にも十分配慮いたしました。

正式な発表は、4月19日の「陶祖祭」にて表彰式と共におこない、陶祖への奉献行事にも加えていただくことになりました。

深川神社に奉納する狛犬一対と共に、商店街を練り歩く予定でいます。

せと狛犬プロジェクトの活動としては第一歩となりますが、先ずは瀬戸市民に「せとこま」を認知してもらい、瀬戸市の「顔」として、一日も早く全国に知られるように更なる活動を進めてまいります。》


こんな内容の話をし、出来上がった「狛犬人形」や各種商品の説明を行った。


今朝の中日新聞に、そのことが掲載されていたが、いよいよ次の日曜日である。
行列の中心で、大きなのぼりを持って歩くことになっているが、深川神社におまいりし、「せとこま」の成長と共に、瀬戸市の安全・安心を祈願するつもりでいる。


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2009年04月15日

小倉イズム

瀬戸市倫理法人会の昨晩のナイトセミナーと今朝のモーニングセミナーの講師は、株式会社スワン代表の海津歩氏であった。

セミナー案内では、障害者雇用のリーディングカンパニーである「スワンベーカリー」の代表ということで、「障害者雇用の苦労話」だろうと思っていたが、内容は、ヤマト運輸創業者の小倉氏の「理念実践」という感想を持った。

そもそもこの「スワンベーカリー」というのは、ヤマト福祉財団とヤマトホールディングス株式会社によって設立されたもので、「障害の有無に関わらず共に生きていく社会の実現」という、ノーマライゼーションの理念実現の会社という。

「焼きたてのおいしいパン」の製造販売に多くの障害者が携わっている様子を紹介してもらったが、興味を持ったのは「理念」とか「小倉イズム」であった。

講師の海津氏は、アルバイトとしてヤマト運輸に入社、後に正社員となり不振営業所の所長を任されるようになったという。
話の内容から、物事をシンプルに考えたり、今目の前にあることを懸命に取組み、一つづつ成果を出されてきたようだ。

一見困難と思われるような問題に対しても、積極果敢に挑戦されてきた姿は、さながらブルトーザーのようであったと想像する。同時に、がむしゃらな営業マンであったことがうかがえる。


幾つか心に残った言葉がある。
・事件はチャンス
日々降りかかる大小の問題に、「チャンスだ!」と考えているとのことだが、なかなか出来るものではない。氏は、「その時は必死である。しかし振り返って見ると確実に進歩していることがわかる」。と述懐されるが、前向きの極致におもえる。

・小さな成功体験を数多く
人を指導する時に、成功体験を多く積ませること。これはセオリーのように言われているが、「小さな成功体験」とは、褒めること、認めることだととの説明は納得のいくものであった。

・動機は「善」か?
ヤマト運輸には、「ヤマトは我なり」という言葉があるそうで、全社員が社長のつもりで意思決定し、よいと思ったことを進んで行う、という文化があるとのこと。これを全員経営といっているそうである。
「社長の立場で・・・」とはよく言われることだが、なかなか実行できないのが実態である。

意思決定の価値基準として「勧善懲悪」、つまり、損得より善悪、正義は勝つ、ということが明確に伝えられていることが素晴らしい。

・理念だけでは食っていけない
全く同感である。障害者を雇用しての経営であっても、一般的な企業経営と全く変わることなく、その真理を実践している。
ともすれば、「障害者という特別視」をし、支援や協力を当たり前だと思っているような法人や施設への警鐘である。

「障害者は出来ないことが顕在化しているだけ」とし、それは周りが手助けすればよく、健常者の「隠す習性」と比べたら、どちらが優れているかの比較はナンセンスである・・・とも。

具体的には、「能力開発」「商品開発」「販路開発」に取組まれているが、これらは一般企業においても見習うべき事項である。


他にも心に響く言葉があったが、それらの全体が「小倉イズム」であると理解した。

企業の社会的責任、社会貢献などなど、今の私の問題意識に多くの示唆を与えてもらったセミナーであった。
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2009年04月14日

論文構想

本年4月から、名古屋学院大学大学院でゼミを持ったり、講義をすることになり、従来にくらべ縁が深くなった。
本大学院では博士課程を修了したものの、学位論文は出しておらず、「これを機会に是非を」、と強く勧められた教授がいる。

大学院の修士課程で、講義を受けた教授であるが、その後も学部学生のインターンシップや企業連携授業などで付き合いはあった。

産業についての研究をされており、瀬戸市の「ノベルティー」についても本を書かれている。

過日、学位論文の構想についていろいろアドバイスを受けたが、その中で印象的な言葉があった。それは「融合」ということである。
「技術と文化の融合」という話を聞いたが、以前より、「社会でのつながり」とか、「地域連帯」ということに興味を持っていたこともあり、「融合」をキーワードに自身の経験を振り返ってみようと思った。


1966年に入社以来、会社ではいろいろなことに挑戦をしてきた。
40歳を前に、経営の一端を担うことにもなり、バブル経済の崩壊なども経験した。そして今、100年に一度という経済危機の真っ只中にあるが、こうした時であるが故に原点に立ち返ることが重要であると考えている。

それは、会社創業以来を、あるいは入社から今日までを、時間の経過と共に整理することではなく、ある問題意識を持って検証することだと考えている。
そしてその経過や、結果を著すことが論文を書くことになるのではないかと思った。

まずは事実を書き表すことである。


キーワードは「融合」であるが、目指す所は、「人づくり」と「まちづくり」の融合である。
以前より、「事業は人づくり」、「まちづくりも人づくり」だと考えており、「人づくり」を基本においた社会づくりという大きなテーマが思い浮かんでいる。

まだ構想の一部であり、どんなゴールを描き、どのようにアプローチするかは固まらないが、当面試行錯誤しながら整理を進めようと思う。


何足ものわらじを履いており、なかなか大変だろうが、先ずは踏み出すことにした。
posted by 伊藤保徳 at 06:50| Comment(0) | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月13日

新しい経営塾

第12回となる経営塾が昨日から始まった。

第1回は1998年であり、この間修了した人は延べ130人余となり、全社員に占める割合も1割近くとなる。振り返れば長い期間続けてきたものである。

昨日午後1時30分からはじまったが、今年は総勢18名となった。
昨年までは、12〜3名というのが定員としていたが、今年は新しい試みとして名古屋学院大学大学院で我社寄附講座を併行して開講することになった。

この講座は「経営システム」という科目名とし、6月から毎週土曜日の午後から3時間、合計8回行うことになっている。
こちらの講座を5名受講してもらうことになっており、結果、総員18名となった。

大学院での「経営システム」講座の内容は、今までの経営塾と同じような内容で進める予定だが、我社の社員以外の学生も何人か履修登録がされたようで、実ある内容にしなければならないと思っている。

我社の経営史を研究の中心におき、経営機能ごとに評価をしつつ将来課題を明らかにしたいと計画している。


6月、7月は忙しくなりそうだが、我社の経営史を今までにない視点で学び直すことが出来ると思うと、心躍る思いでもある。

もう一つ新しいことに取組む。
それは、人間学を学ぶ月刊誌『致知』の購読を義務付け、毎月読後感をレポートしてもらうことになっている。
既に、昨日までに4月号の読後感を提出してもらったが、参考になる。
こちらは瀬戸木鶏クラブでも参考にさせてもらおうと思っている。


昨日メンバーに対して強調したことは、「素直な気持ちで・・・」「どんなことからも学ぼう」そして「楽しくやろう・・・」ということである。

「学ぶこと」、そのことが一日も早く楽しくなる事を願っている。
posted by 伊藤保徳 at 07:17| Comment(0) | 人づくり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月12日

組織の問題

昨日、異業種交流会での議論の内容について紹介したが、その中で一つ気がついたついたことがある。

交流会で議論を始めるに当たり、参加者それぞれが「問題点」を提出した。
「部門間の連携が不足している」「部署内の協力体制が不足している」「技能が伝承されない」「組織と個人の目標が連動していない」・・・などであった。

いろいろと話し合いながら、これらの現象の要因は、「コミュニケーション不足」であるとし、それをテーマとして議論が進んだ。


コミュニケーションは「人と人」とのつながりや、協同で事をなすためには欠くべからざるものであることは認識しているものの、「言葉」の感じだけで「そうだ、そうだ」と納得してしまっているのではないかと思った。
そして、そもそも「コミュニケーションとは何か」、ということも考えてみた。

答えは案外簡単に見つけることが出来た。
それは、交流会のメンバーが提示した「問題点の表現」にあった。
「部門間の《連携》」、「技能の《伝承》」、「目標の《共有》」にあるごとく、《連携》《伝承》《共有》を促すものがコミュニケーションではないかということである。

もう一つ違った視点から見てみると、議論経過の報告の中で「コミュニケーションの意味」が一つではないことがわかった。
「仕事の指示や依頼ごと」、「報告・連絡・相談というビジネスマナー」、「返事や挨拶という礼儀」、あるいは「日常会話」などなどである。

コミュニケーションの直訳は、「意思や情報の伝達、交通、通信」であり、彼らの表現が間違いではないあ、何か違和感を感じた。
つまり、言葉の定義がされないままに議論が進んだようだ。


組織の問題というのは、その組織の運営主体である「人」の問題でもある。そして、個人個々というより関係性の中から発生することがほとんどである。
それは、「連携」「伝承」「共有」の言葉が示すとおりである。

「関係性」とか「つながり」、という点から考えてみるに、それを「強いもの」「深いもの」にするためには、「手続き」「ルール」「知識・技術」という仕組み(システム)が必要であり、それを効果的に機能させたり、補完をするために「コミュニケーション(意思の疎通)のあれこれ」が必要となる。

仕事を進める上で、「人を中心」に考えれば至極当然なことである。


組織には大なり小なりの仕組み(システム)が存在する。
その仕組みどおりにことが運べば問題は発生しないが、なかなかうまくいかないものである。それは取り巻く環境がつねに変化をしているからである。

故に、人が携わる意味も出てくる。
仕組みを生かすためにも良好なコミュニケーションと効果的な仕掛けが必要となろう。

私はこの良好なコミュニケーションのことを「和」だと考えている。


組織の問題を解決するには、「仕組みの点検」と共に、「和の状況」と和を高める「効果的な仕掛け」について検討することが必要だと思う。
posted by 伊藤保徳 at 07:30| Comment(0) | 経営に関して | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月11日

意思の疎通

今年二月から始まった「異業種交流会」が、5回の会合を終え昨日修了した。

昨年から始めたこの勉強会は、若い社員を対象に「異業種」の人たちと、共通の問題を話し合いながら対策を導き出そうというもので、我社からは5名が参加した。
第一回目の反省から、今年は「ファシリテーター」に毎回ついてもらい、議論の促進をはかってもらったお陰で、その成果も上々のものであった。

5人づつの二つのチームをつくり、まずはメンバーから「問題事項」を出してもらい、チーム内でテーマを選定した。
今年は二チームとも「コミュニケーション」がテーマであったが、それぞれに特色ある議論経過と結論であった。

私は一回目と最後の昨日の二回参加し、その発表を聞かせてもらった。


職場における問題というのは、会社が違えば大きく異なるものだが、原因を掘り下げると案外同質なことがよくわかった。同世代であるこことで、議論は多いに盛り上がったようだ。

最後に講評をのべることになっており、率直な感想を述べた。

《問題解決力というのは一つの技術だと思う。
しかし、それを補って余りあるのがコミュニケーションである。
今回のテーマは、二チームともコミュニケーションであったが、問題を解決しようといろいろ議論をされたが、そのプロセスは自身のコミュニケーション力を磨く場面でもあったと思う。

コミュニケーションを深めるために、ともすれば「発信する」ことばかりに気を遣っていることが多い。しかし、お互いが分かり合い、意思の疎通を図るには、先ずは相手の話をよく聴くことである。

次には、相手の気持ちをより深く理解するために質問することだ。
そうしたやり取りの後、自身の思いを「相談のように」投げかけてみる。

そこには何かしら新しい発見があるはず。
それは、「言葉の意味」や「自分にはない視点や発想」などである。

テーマに対する結論はそれなりの意義はあるが、もっと重要で、効果のあったことはこうしたやり取りを通じで、意思の疎通の難しさや重要性を体感したことだと思う。》


こんな感想を述べたが、参加した彼らにとっては貴重な体験であったと思う。
それぞれに得たものは違うと思うが、必ずや仕事に生かされることであろう。

終了後の懇親会では、メンバー同士が昔からの親友であったかのような雰囲気であった。
「今後も連絡しあいましょう」、と別れたが、この雰囲気こそ異業種交流会の最大の成果であったといえる。
posted by 伊藤保徳 at 21:50| Comment(0) | 人づくり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月10日

事業と人事

昨日広告代理店よりインタビューを受けた。
キャリア採用の広報物に掲載したいとのことで、あらかじめ質問内容が示されていた。

「事業の内容と優位性」「今後の事業展開」「ビジネスパーソンに望むこと」、という三点であったが、冒頭に今の景況をふまえ、「終身雇用」についても意見が欲しいとのことであった。

この種の取材はよく受けるが、自身は会社の広告塔のつもりで話しているが、相手の意図もありその都度考えを整理して望んでいる。

事業内容は過去から現在について述べればよいが、今後の展開についてはそれなりに留意をする必要がある。
広報の対象が「一般」であり、専門的なことは理解しにくいだろうし、かといってあまり観念的でも「目に留まらない」から難しいのである。
結局は我社の経営を語ることになる。


経営は、「先ずは事業内容」、ということになるが、それと同等に「人事」を考えておく必要がある。
即ち、事業と人事は表裏一体、車の両輪だと考えている。それが経営なのである。

従って、事業コンセプトが決まり、目標が定まればあとは「人材」をどうするかということになる。
「事業は人なり」とか、「人材は重要な資産である」ということを経営理念に掲げている企業は多いが、どれくらい事業と連携させて考えているかがポイントのように思う。

つまり、「事業と人事」のつながりをどれだけ意識しているかである。


これから新しい事業を始める場合と、今の本業を成長発展させようと考えている場合とでは事情が異なるが、後者であれば「人をどうするか?」ということを先行するべきだと考えている。つまり、「今いる人材によって成長が既定される」、と思う。
これくらいに考え「人材への投資」を考えるべきである。

今から15年位前、バブル経済の崩壊で業績が大きく落ち込んだときに注力したのは「管理者研修」であった。創業の思いや、理念を再度確認し、いかにして「人材を成長させるか」、という内容であった。

基本的な使命の達成に全力を注ぐことはもちろんなれど、「危機感を共有し、如何にして革新を促すか」。これが大命題であった。
そこから学んだのは、「成長なくして成果なし」ということで、部下(人材)を伸ばすことこそが究極の処方箋であるということであった。

今日、私の「人づくり」活動の基本である。


取材に対し、以上のような考えを述べた。
各種事例も紹介したが、育成の仕方やいろいろ提供している機会・環境のことよりも、「何故そうしているのか」、ということを最も知って欲しかった。
posted by 伊藤保徳 at 07:11| Comment(0) | 経営に関して | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月09日

地元の高校

縁があって地元の高校で授業を担当した。

昨日午後より、愛知県立瀬戸窯業高校の三年生約200人に、「社会人として」、というテーマで50分話をした。

本校に制服を納入している会社社長からの依頼であったが、地元の高校でもあり、私自身キャリア教育の一環という認識で引き受けた。

定刻より30分ほど前に出かけ、校長先生と担当の先生と話をしたが、本校の認識を新たにした。

先ずはその歴史である。
創立は、1895年(明治28年)であり今年で114年の歴史と伝統がある。
創立時は、瀬戸陶器学校と称し高名が示すとおり、地場産業の人材養成のために開校されたようだ。1911年(明治44年)には愛知県立瀬戸窯業学校と改称、「ものづくり人材」の育成に多大な貢献をされてきたと思う。

校長によれば、「同窓会の役員会は地元の名士ばかり・・・」とのことである。
なるほど、校門、玄関、校長室には、著名な陶芸作家の作品が多く展示してある。

私は本校の名前はよく知っているものの、学校に行ったのは初めてのことである。

地域と共に歴史を積み上げてきたと思えるのは、その「学科」の変遷である。
学校創立以来「窯業」の専門校であったが、戦後間もなく「定時制」(1950年・昭和25年)が開設されている。この頃の瀬戸は活況を呈していたと思われる。

陶磁器を始めとする地場産業は、小規模企業が多く経営者家族は全員が一緒になって働いており、高校の定時制が開設されたことはその実情に即したものだったと思われる。
この頃の記憶であるが、瀬戸市街地を取り巻く三方の山々に緑は極端に少なく、小学生の社会奉仕として「ハゲ山」に植樹をしたものである。

陶磁器を焼く燃料として樹木が使われたからである。

1959年(昭和32年)には「商業化が開設されたが、この頃が「作れば売れる時代」から「売れるものをつく時代」に変わる時期と重なる。
地場産業では「ノベルティー」(置物・おもちゃ)が隆盛の頃ではなかろうか。
それが、1965年(昭和40年)の「デザイン科」開設につながったと思われる。

そして第一次オイルショック(1973年)を経て陶磁器産業の低迷期に入る。
1979年(昭和54年)には、新たに「電子工学・機械科」が開設され、地域産業界が大きく変化した様子がうかがえる。

電気・自動車関連の産業が地域で台頭してきた時代である。
そして、1990年(平成2年)「窯業科」が「セラミック科」に名称が変更されている。


瀬戸窯業高校の歴史を「学科」で振り返って見ると、瀬戸市の産業構造の変遷とピタリと合う。一貫しているのは「モノづくり人材」の育成である。
これだけ地域に密着している高校は全国でも珍しいのではなかろうか。

地域の高校として、とても貴重な存在であることを再認識をした。


今年4月、3人の卒業生に入社してもらったが、校長との話の中で、もっと積極的なつながりを持つべきだと感じた。
それは、地域の「モノづくり」に関わる技能の伝承と共に、更にそれを高めるための企業としての協力である。


今回は、「講師」として出かけたが、もっといろいろなことを知り、つながりの可能性を模索したいものである。
posted by 伊藤保徳 at 08:32| Comment(0) | 街づくり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月08日

百科事典学校

初めて目にした言葉だが、「エンサイクロペディスクール」という学校があるそうだ。
直訳すれば、「百科事典学校」ということになる。

3月23日の日本経済新聞にその記事はあったが、東京区立品川小学校がこの「百科事典学校」に取組んでいる由、なかなか面白い内容であった。

校長によれば、学校を「知の森」に生まれ変わらせたいとのこと。

「学校を百科事典のように・・・」。なかなかイメージできないが、子供達が学校で勉強したことや、生活の中で知りたいと思ったこと、調べてわかったことなどをコンピュータでデータベースに蓄積し、新たな学習につなげたり、続いて学習する子供達が利用できるようにしたりしようとの取組みである。

まさに、学校を「知の森」にしようとするものである。

取り組みの動機を、「情報社会に生まれた子供達は、多様な情報を浴びつづけ、情報というのは向こうから降ってくるものだという先入観を払拭するため」、としているが、思い切った挑戦である。

蓄積するために、言語化したり、情報の発信・受容のモラル向上と、その効果は大きいとのこと。


記事を読んで感じたことだが、私の子どもの頃、学校は正に「知の森」であったような気がする。テレビもなく、限られた情報しかない世の中で、知らないことは親に聞くか学校の先生に教えてもらう以外なかった。

同時に、自分達で「調べよう」という気持ちもあった。

しかし現代社会は全く変わってしまい、先生と子供の持っている情報量に差はなく、子ども世界の情報に限れば断然子供達のほうが多いといえよう。

こうした環境が、先生達を尊敬しなくなった要因の一つだと思っている。


記事の中で、特に面白いと思ったのは、《生活科で探検した町のお店屋さん施設の説明、地域の歴史遺産や人物情報・・・》という項目である。

社会化の授業でも、近くの川で水質検査や生息している生き物などの調査が行われているが、こうした成果物がキチンと蓄積されるとしたならば、いづれは「百科事典」になることであろう。

地域のお年寄りとの交流なども、よい機会である。
地域の昔話をはじめ、風俗習慣など蓄積すべき情報は沢山ある。それが今は凄いスピードで失われていっている。


これは学校に通う子供だけに任すのではなく、地域住民が協力し合ってその充実を促進すべきだと思う。

学びながら「知的資産を増やす」。
地域でのつながりを深めるためにも、学校の「百科事典」化は、大きな改革であるし学校が地域の核として、新しい役割を担うことになり、好ましいことである。
posted by 伊藤保徳 at 04:32| Comment(0) | 街づくり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月07日

表彰

今年で8回目となった社員成果発表会が昨日開催された。

これは、一年間の活動を通じて、その成果が特に顕著であった社員、グループ、部門を表彰するもので、活動成果の発表などを交え手づくりで行われている。

この内容は、イントラネットで全国に配信しているが、回を重ねるごとに工夫が凝らされ、充実した2時間であった。

表彰者の決定は、毎年2月頃に申請があり、取締役会で決定をしているが、今年は予定が少しずれ込み、決定を見たのは3月16日のことであった。
従って準備期間が2週間あまりで、準備関係者には大変苦労を掛けたと思う。

というのは、表彰される社員や部門をビデオにて紹介するため、どうしても現地取材をしたいからである。

優良社員表彰は全国にいて、その取材も大変である。
今年の場合、函館、郡山、名古屋、大阪、松山に対象者がいて、それぞれ日々の営業活動の様子をビデオにおさめ表彰式に紹介するのである。


「表彰すること」は、本人にとって大きな励みになると思うが、そのことを通じて活動の様子を取材されることのほうがもっと大きな喜びだと思っている。
取材の中で、お客様からのコメントが入ることもあったりして、本人映像はとても誇らしく感じられる。

まさに、その時が「成長の瞬間」のように思える。

かの山本五十六氏が、「やってみせ、やらせてみて、褒めてやらねば人は育たず」、といわれたが、「称えられること」が人の成長に大きく寄与しているといえよう。

褒めることは大切なこと。
日々の活動の中で管理者が、若い人達に仕事を指導しながら「やらせて見て、褒めてあげる」、ということを実行していると思うが、全社的な行事となればその手法を変える必要がある。

「表彰」というのは、その代表的な方法であるが、この成果発表会では「称える」ことを中心に企画運営をしている。
言葉を変えれば、徹底的に「スポットライトを当てる」ということである。


活動成果を発表するグループについても同様である。
15分という時間で、活動事例を要領よく発表してもらうのだが、その準備に多くの時間を掛けていることがよくわかる。

彼らにとって、「準備をすること、発表すること」が誇りであると同時に、学習の機会でもある。スポットライトが当たっていることを感じれば力も入るのである。
発表を聞いて、間違いなく成長していることが感じられる。


称えられると自信が生まれる。
そして、新しい目標に向って強い意志を表明することが出来る。


混沌とした経済環境の中で新しい年度のスタートを切ったが、彼らの胸を張っての決意に力をもらった思いである。
posted by 伊藤保徳 at 07:20| Comment(0) | 人づくり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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