2009年03月31日

人材育成の促進

先日、松下幸之助氏の「不況克服の十ヶ条」を紹介したが、その中に「人材育成を進める」、という一条があった。

思い起こせば、1992年バブル経済崩壊後会社業績は極端に落ち込み、赤字決算になってしまった時も、管理者を対象とした研修を積極的に行った。
その時の狙いは、「人心の統一」であり、「創業の精神」に戻るべく原点や理念について振り返り学習を行った。

その時と今は同じ状況ではないが、先行きが極めて不透明であり、暗雲が立ち込めている状況である。

不況克服の十ヶ条にもある「人材育成」を積極的に行おうと考えている。

一つは、職場規律の徹底である。
これは管理者が命令するだけではダメで、管理者自らが襟を正し、率先垂範する事である。会社には「基本動作」というものがあるが、改めてその意義を確認し、日々実践することが肝要である。

具体的には、仕事を始めるケジメとしての「朝礼」である。
毎日のことであり、ともすれば慣れにより形式的になってはいないかを点検し、活力ある朝礼にしたいものである。

次は、基本中の基本である「返事・あいさつ・ホウレンソウ」である。
純粋倫理では、「返事・あいさつ・後始末」と教えられているが、後始末を「ホウレンソウ(報告・連絡・相談)」と言い替えている。

この二つが徹底されれば職場は明らかに変わってくる。
それに加えて、「整理・整頓・清掃・清潔・しつけ」の5Sである。


もう一つ、新しい研修を考えている。
30歳くらいまでの社員を対象とした「志」づくりである。
「人としてどう生きるのか」、「働くことの意味や意義」、「自分の将来」、などを考え、書き表すことを狙いとしたものである。

数年前に、社員が人として会社というライフステージでどんな自分を演じるのか、その節目節目に教育機会を設けようと「ワークライフ・デッサン」というプログラムを作った。
段階的に実施しようと、40歳、50歳について始めたが、今年から30歳の社員に対して行う予定である。


プログラムの内容については紹介する機会があると思うが、こうした経済状況でもあり早急に取組みたいと思っている。


本年度の最後の日、4月からまた新たな気持ちで取組むべき、決意をしたところである。


posted by 伊藤保徳 at 07:08| Comment(0) | 人づくり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月30日

環境問題の視点

3月28日、国際ロータリー第2760地区(愛知県)の、東尾張分区大会が開催され、出席をした。

大会のメインは「環境問題」であり、ロータリーがどう関わっていくかという問題意識のもとで講演会があった。
『日本が変える地球環境』というテーマで、講師は町田宗鳳氏(広島大学大学院総合科学研究科教授)であった。

講師は14歳で出家され、京都の臨済宗大徳寺で修行されたが、34歳の時に寺を離れ渡米。ハーバード大学などで学び、今日世界各地で宗教学や日本文化などについて講演をされているという。

「環境問題」に関する講演と聞いて、地球環境問題に対し、どんな問題意識をもたれ、どのような対策を考えてみえるのか興味を持って聞いたが、最初は宗教についての話が中心で、私の抱いていた意識とは違った。

期待していたことは、「地球温暖化対策」、「省エネ、省資源問題」、あるいは「循環型社会の構築」など、具体的な活動のあり方についてであった。
テーマ「日本が変える地球環境」からも、そういう内容を予想していた。


講演の内容は、こうした予測とは全く異なるもので、環境問題に対し、今までにない視点を示してもらった。

先ずは、「環境に対する概念」である。
自然環境に対する考え方が、キリスト、イスラムという一神教の社会と、日本のように多神教といわれる社会では全く違うということ。

日本では、「人間は自然の一部である」、という考え方があるが、一神教の社会では人間と自然は分けて考えられている。19世紀、20世紀と世界をリードしてきた欧米諸国の価値観に基づき、「分裂」とか「二者択一」という考え方を中心にした構造であった。

そのことにより、効率は高まったといえるが、自然に対しては多大な負担を掛けてきている。

講師は、こうした価値観を変える必要があると訴えている。
つまり、「分裂」から「融合」という文明の変換が必要であり、環境問題を考える時、まずはこうした価値観を変えることがスタートである、という主張である。


倫理法人会で、「日本創生」という事が言われているが、その根本と同じ考え方であると感じた。

つまり、自然環境に対する負荷の低減活動の根本に「融合」という価値観を置くべきで、日本にはそうした土壌があるということである。人間は自然の一部であるという考え方のことである。


環境問題がクローズアップされて久しいが、こうした視点は初めて聞いた。
言われてみれば、日本人ならごく当たり前のように理解できるが、世界に発信しようと思えば、こうした根本的な価値観を改めて説明する必要があろう。

世界各地で講演されていることから、その必要性を特に感じておられるのであろう。

日本人の私達にとっても、改めて「融合」という考え方を確認する必要がある。
そうした視点で環境問題を考える時、まずは自分自身の生き方を見直すことになろうが、講演でもこのことが結論であったように思う。

頭の中では、純粋倫理でいう「日本創生の道」とつながっている事が確認できた。
posted by 伊藤保徳 at 07:09| Comment(0) | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月29日

親子の会話

先週金曜日の夕方、我社水俣工場に勤務する社員が瀬戸に来た。

彼とは二十代の頃から、会社の野球部で出会い、付き合いから始まり、それぞれの立場が違ってきた今も、昔と同様な交流をしている。

その彼の息子が、4月から入社をすることになった。
勤務は、地元の水俣工場ではなく、本社工場ということになった。

そこで、瀬戸市での住居の確保のために金曜日に来て、土日で引越しなどをするということであった。

私が水俣工場に出張した時は、必ず一度は食事をしていることもあり、昨日家族が揃ったところで夕食を一緒することにした。
家の近くのすし屋での会食であったが、入社する息子を中心に、和やかな時間を過ごさせてもらった。


地元水俣を離れ、たった一人での生活が来月から始まるわけで、本人はもとより両親も不安があるだろう。
しかし、それを吹っ飛ばすような話に終始した。

それは父親の幾つかの話しである。
まず、会社や仲間について、心から信頼していることであり、言葉の端々から「仕事に対する誇り」を感じた。
自分の経験を通じて、「皆から助けてもらった」。公私共にである・・・と。

自分の息子に、勤務先のこと、仕事のこと、そして仲間の事を素直に「好きだ」と言えることは素晴らしいことである。そしてそれは、子どもにとって重要な手本である。

30年ほど前、野球やサッカーを共に楽しんだ仲間が、立派な父親になっていることをみて嬉しくなった。

私は、4月より我社の社員になる息子に聞いてみた。「当面の目標は?」
彼は躊躇せず、「一日も早く仕事を覚えることです。」・・・と。

優等生な答えであるが、それまでの父親とのやり取りりを聞いており、その答えが決して美辞麗句ではなく、真の決意のように受け取ることが出来た。


何年瀬戸での勤務になるか今は分らないが、彼の父親が瀬戸で経験した、いろいろなことを彼にも味わってもらいたいし、その機会を与えていきたいと思っている。

景気の状況は思わしくないが、新しい年度、新しい仲間を迎え、元気をもらった思いである。
経験を語ることも素晴らしいが、若い人の気概も素晴らしく、ワクワクしてくる。


今年の我社のスローガンは『元気をだそう! がんばろう!』である。
posted by 伊藤保徳 at 09:31| Comment(2) | 人づくり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月28日

不況克服の心得

昨年9月のリーマンショック以来、景気は急な坂道をころげ落ちるような状況であり、いまだ底に至ってないというのが大方の見方である。
加えて、その底がいつまで続くかと言う不安もあって、世の中全体に元気が無い。

こうした中、よく引用されるのが、松下幸之助氏の「不況克服の十ヶ条」である。
改めて紹介するが、ただ書き連ねるだけでは能がなく、私流に各条ごとに、二つの「四文字熟語」を考えて見た。

第一条 「不況またよし」と考える
    「現状是認」 「環境適応」

第二条 原点に返って、志を堅持する
    「創業精神」 「目的意識」

第三条 再点検して、自らの力を正しくつかむ
    「自己認識」 「能力棚卸」

第四条 不退転の覚悟で取組む
    「決断実践」 「大胆不敵」

第五条 旧来の慣習、慣行、常識を打ち破る
    「体験否定」 「改革意欲」

第六条 時には一服して待つ
    「一時休止」 「気分転換」

第七条 人材育成に力を注ぐ
    「人財資本」 「成徳達材」

第八条 「責任は我にあり」の自覚を
    「自己反省」 「自己改革」

第九条 打てば響く組織づくりを進める
    「迅速対応」 「即行即止」

第十条 日頃からなすべきをなしておく
    「基本動作」 「凡事徹底」

要するに、「今を常だと考え、基本・原点に立ち返り、自ら環境に適応していく」、であり、『不易流行』の実践である。

こうした状況下では、ともすれば「人材育成」が後回しになることが多い。
経費削減という掛け声の下、3Kといわれる「交際費」「広告費」「教育費」が槍玉に上がるが、教育費は避けたいものである。むしろ、積極的に行うべきである。(費用は最小限に抑えるべきだが・・・。)

「基本動作」や「凡事徹底」などは、費用を掛けずに出来るものであり、これこそ人づくりの基本中の基本である。
問題は進め方である。管理者による声だかな号令には「教育指導」の精神に欠けるものであり、「人づくり」にはならない。
まずは、上に立つものが実践し範を示すことであろう。


不況克服に妙案は無い。
経営者、管理者が自ら「凡事徹底」を実践することである。
そうした行動の中から、対策は見つかるものである。
posted by 伊藤保徳 at 07:12| Comment(0) | 経営に関して | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月27日

地域とのつながり

ブログを書き始めた動機は、「人づくり」のあり方を考えたり、整理しようと思ったことである。

しかし、この一点だけに絞って書き続けることは意外に難しく、途中から「経営」や「まちづくり」のことについてカテゴリーを用意し、思いつくままに書き綴ってきた。

振り返ってみて思うことは、「経営」についても、「まちづくり」についても「人づくり」は共通的で、しかも基本的なことであることをしみじみ感じている。

先日も、大学院修了生との集まりで、「ワークシェアリング」や「ワークライフ・バランス」の話しが出たが、これを、「経営」、つまり労務政策として考えるのと、人材育成と関連付けて考えるとでは随分内容が変わってくるのである。

話の展開で、「カタカナ表現の施策」は欧米諸国では有効かもしれないが、日本企業では咀嚼が必要であるということになった。

その後、「2009年は連帯の意味の深堀が問われる」、という新聞記事を紹介されたが、この内容を見てぼんやりと描いていた、「会社と地域とのつながり方」が、かなりはっきりとした。

紹介された記事には、「連帯でききる仕組みづくり」や「地域での連帯のあり方」、「NPOや市民活動を介しての連帯」、「友人間の連帯」などなど、連帯の意義と共に、その重要性が述べられたものであった。


私の描くイメージとは、今後、会社と社員の関係というのは、社員自身が主体的に幸福を求められるような環境整備と機会提供、活動支援だと思っている。
この場合、企業内だけでは限界があり、多様な要望(生き方)に応えることは不可能である。そこで「地域」である。

地域にあるNPOや各種団体で活動(勤労)することにより、社員個人の満足感や達成感が得られるのではなかろうか。そしてそのことを通じて、地域と企業の新しいつながりが生まれるのである。
それは、結果として「ワーク・ライフバランス」の実現にもなり、社員の自律性が一層促されよう。

中には、既存の団体ではなく、自らNPOを立ち上げようとする人が出てくるかもしれない。
一種のビジネス創造でもある。
こうしたことに企業がどれだけ理解を示すことができるかどうかである。


企業市民として地域での責任を果たすことや、社会への貢献活動から一歩踏み出し、「地域の核」として積極的につながりを創造し、もって地域の活性化に寄与したいものである。

企業内での「人づくり手段」に、「地域とのつながり」や「会社以外の人との協働」を加えることにより、バランスの取れた人へと成長することであろう。


会社の社員である前に「地域人である」。
こんな当たり前のことをもう一度きちんと考えていきたい。
posted by 伊藤保徳 at 17:56| Comment(0) | 街づくり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月26日

陶器婚式

あまり一般的ではないが、結婚9年目の記念日を「陶器婚式」と言うそうである。

愛知県瀬戸市は、陶磁器産業で有名であり、1300年の歴史がある。細かく言えば、始めに「陶器」があり、それに加えて「磁器」も生産されるようになり、食器のみならず、幅広い品目の陶磁器産地として歴史を刻んできた。

陶磁器産業全体としては衰退の一途を辿っているが、業界関係者はいろいろな分野に挑戦しながら、その技術伝承と共に、重要の開拓を進めているところでもある。

こうした状況にあって、1人の市民の発案により、3〜4年前から「陶器婚式」というイベントが行われるようになった。少しでも地元が元気になるようにとの思いからである。

このイベント主催者とは十数年前から付き合いがあり、今年から加わることになった。
結婚9年目を迎える社員に参加してもらうというものである。

「皆でお祝いをしよう」という趣旨であり、イベント会場でお互い「感謝の言葉」を交換してもらうというシンプルな内容であるが、登場してもらう夫婦を通じて、「陶器」を見直してもらうという狙いもある。


4月第二土曜、日曜は、「陶祖祭」という、古くからのお祭りが有り、そのメイン会場で開催されることになっている。
私は、まちづくりへの参加と共に、社員の福利厚生という意義も考えており、イベントに参加できない各地の該当者にも何らかの配慮をしたいと思っている。

陶器をプレゼントするのが安直な方法だが、それでは知恵が無い。
今年から「陶器婚式」に参加することになり、これを機会に「夫婦」や「家庭」を対象とした施策を考えるつもりである。

また、秋には「磁器婚式」というイベントも有り、併せて考えたい。
因みに「磁器婚式」は結婚20年の記念日とのことである。


市民の発想で始められたイベントであり、これを大切にしながら企業としての関わり方を模索して行こうと考えている。
posted by 伊藤保徳 at 06:44| Comment(0) | 街づくり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月25日

雇用の安定化

3月23日、日本経済新聞夕刊の第一面に『雇用安定へ政労使合意』という大きな見出しがあった。

昨年秋以降、急激な景気の落ち込みが有り、世に失業者が多くなりマスコミでも大きく取り上げられてい
る。年末頃から「100年に一度の経済危機」という言葉が言われだし、いまや一般的な言語となった。

こうした状況をふまえ、「まずは雇用の維持」と、政府主導で労使の話し合いになったと思う。
新聞では、合意した骨子紹介されていた。

・労使が日本型ワークシェアリングを協力に進め、政府は雇用調整金で支援。

・ハローワークの組織・体制を拡充し、職業訓練・紹介機能を強化。

・失業手当を受け取れない労働者の職業訓練期間中の生活費支給制度を創設。

・「ふるさと雇用再生特別交付金」事業に企業が拠出できる仕組みを導入。

・経済団体などを通じ、労使合意を周知徹底する。

記事では、この合意内容を「二つの柱」として解説している。
一つは「雇用の維持」であり、文書で「労使は最大限の努力をおこなう」と確認。休業や残業の削減などを組み合わせた日本型ワークシェアリングを推進することをうたっている。そして政府は、休業手当の一部を助成する雇用調整助成金を拡充して労使の負担を軽減するという。

もう一つの柱は、「雇用の安全網の拡充・強化」である。
失業手当をもらえない失業者に対し、職業訓練を条件に生活費を支給する制度の新設や、ハローワークを拡充強化し紹介機能を強化することなどである。


この合意内容について言っての評価は出来ると思うが、二点指摘しておきたいことがある。

一つは、日本型ワークシェアリングの推進は現実論として極めて難しいということである。業種業態の違いはもとより、その会社の文化に大きく関わることである。

私はワークシェアリングには賛成の立場であるが、助成金目当てのシェアリングはお門違いだと思っている。従業員の立場でも考えるべき事柄で、労働組合との「条件闘争の手段」であってはならない。これでは会社経営が益々欧米化し、日本の持っている良さがなくなってしまうと思うからである。

もう一点は、「雇用調整助成金」なるものである。政府は拡充の方向で合意のようだが、効果は期待できないと思う。「雇用の維持」ということだけで、しかも目先のことだけ考えた財政出動である。

企業として雇用するというのは、事業があってのことであり、余剰となってしまった人員まで「助成金」を使って雇用するすることに何の意味があろうか。
官ならいざ知らず、民間では厳しい競争にさらされており、こんなことで雇用維持をしていては、環境適応することに後れを取ってしまう。

政府は「当面の施策」で切り抜けられると考えているようだが、これが長期化したにはとても大きな問題になると思う。
「100年に一度」、というのは抜本的な構造改革が必要だということであり、いささか矛盾しているように感じる。

今回の政労使の合意事項は、あくまで「短期なもの」と、一文加えるべきであったと思う。


最も重要なことは、こうした環境に如何に適応するかであり、事業変換、企業体質の変革、事業再構築などを進める機会ととらえるべきであろう。

昔読んだ本に『脱皮できない蛇は死ぬ』というのがあったが、必死な思いで今、脱皮の準備をするべきである。
posted by 伊藤保徳 at 05:02| Comment(0) | 経営に関して | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月24日

書き出す事の効用

日々生活をする中で忙しさを実感する時、それは頭が混乱している状況だと思っている。
物理的にも、多くの仕事を抱えた場合、調子のいいときは苦も無く消化できるのに、そうでないときに「忙しい」と感じるものである。

これは私自身の実感であり、経験的には多くの人が感じていることだろうと思っている。

その「忙しい」という思いを如何に克服し、期待される納期と内容を実現するかが問題といえよう。

克服する方法は人によっていろいろあると思うが、私はその今を書き出すことによって解決しようとしている。いうなれば、現状を文字にして、前後左右の関係を確認しながらその優先順位や留意点を決めている。

そのために、小さなノートに「やるべきこと」、「目的」、そしてそれを達成するための「アノ手コノ手」を書き出し、丸で囲んだり、線でつないだりして頭の整理をしている。
少ない時間でも集中さえすれば、それなりの糸口は見つかるものである。


少し前の話であるが、メンタルヘルスに関する記事の中で、「書き出すことの有効性」という文が有り、その部分を切り抜いて手帳にはさんでいた。
今日、それを改めて見て「己の悩みは視覚化するとわかってくる」、ということを感じた。

確か、コンピューターメーカーの広報誌の記事だったと思う。
切り抜いたその部分を紹介したい。

《自分に降りかかっている事実やストレスを全て書き出して、それら一つひとつに対して、現在の「自分の反応や感想」を書き、そして同じ列に、それに「代わるもっと適切な考え方」も書き出して見るという方法を繰り返しながら、自分へのフィードバックををして自分の行動様式を適正化していく。これが「認知行動療法」です。

自分に怒っていることを書き出してみることで、
@自分の感情や思考・行動をを客観視できる。
A感情を書き出すことで、気分を落ち着かせることが出来る。
B書き出すことで、自分をよりコントロールしやすくなる。
という効果もあります。

今年は、自分のクセをクセとしてとらえて変容させ、さらに成長した自分に創生していくためにも、この「認知行動療法」をぜひ活用して見ることをご提案します。》

以上のような文章であるが、示された三つの効用は実感している。


つまり、書くこと(文字にする事」によって、先ずは「整理できること」、つぎには「視覚的に理解でき、相互の関連が明らかになること」など、頭の中で思いを巡らすよりも合理的である。

この文章は、メンタルヘルスに関する記事の一部分であり、「ウツ」になってしまった人達にこの事を適用したとすれば、自分を早く取り戻せるのではないかとの提案である。


こうして見てみると、「ウツ」と「忙しさを感じること」は、よく似ているのかもしれない。

自身を客観視することに欠け、自らつくった範囲の中であれこれ思い悩んでいる状態といえよう。


書き出す事の効用を知り、習慣化したいものである。
続けていれば、質の高い仕事がもっと多く出来るかもしれない。
そうなりたいものである。

posted by 伊藤保徳 at 05:31| Comment(0) | 人づくり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月23日

論語考I

北尾吉孝著の『君子を目指せ小人になるな』(致知出版社、2009、1、20第1刷)は、論語を勉強する上で、その狙いを再確認するのに格好な本である。

ズバリ、「論語には、終始一貫して君子たる人物を育てようとした孔子の思想が記されている。」と述べられている。
論語を読んでいて、その通りだと思う。

本のタイトルである、「君子」「小人」については、次のような説明がある。
「君子」とは、天より万人与えられている徳を十分に発揮すると共に、私利私欲を排し、他者の幸せを考える人のこと。

一方「小人」とは、自分の利益を最優先し、他者を顧みない人のことを指している。

「論語」とは、まさに人が誰でも持っている「徳性」を、磨き発揮するための指導書といってよい。


本書では五つの徳目について紹介しているが、参考にしながらまとめてみた。
・「仁」
社会生活を営むには、己の主張ばかりしていては成り立たない。他人を思いやる心こそが重要である。
他者を慈しみ、助け合うことが必要であり、それを「仁」という。同じような意味で、「恕」という言葉もあるが、これが徳目の一番基本といえよう。

・「義」
集団の中にあって、行動の価値基準のことである。ともすれば行動基準を自分本位とか、損得勘定でとらえがちだが、「正しいかどうか」を基準にする。その心が「義」である。

これに関して、論語には次のような一節がある。
子曰く、「君子は義にさとり、小人は利にさとる」、と。

・「礼」
人間社会にあって円満に日々を送るためのは正しい秩序を立てる必要があるが、その基準が「礼」である。相手と自分の立場を考えた礼儀、節操のことであるが、我社の行動指針(五つの誓い)の中にも「互譲礼節」という言葉があるが、まさに「礼」である。

・「智」
人間の進歩向上の原動力が「智」である。
ここでいう「智」とは、知識のことではなく「智慧」のことである。「智慧」とは、頭の中で分っているだけではなく、「あらゆる事象にたいして最善の行動ができる力」ではなかろうか。

・「信」
「信」とは、信用とか信頼のことであり、社会生活において必要かつ不変なものである。


以上「五つの徳目」は、人間ならば万人が持っているものだという。
問題は、それらを磨かず、発揮しなければ「人としてこの世に生を受けた価値」が全く無いということになる。

本書では、「君子を目指そう・・・」と、その生き方を示している。
それは、論語を手許において、日常的に読み返すことを勧めているようにも思える。
posted by 伊藤保徳 at 06:52| Comment(0) | 人づくり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月22日

「望郷の道」発刊

日本経済新聞で一昨年から連載されていた小説、「望郷の道」が発刊になった。

20日には、同紙に大きく広告が掲載されていた。何でも幻冬舎創立15周年記念特別作品としての刊行である。
この日は、名古屋に出かけたが、地下街の本屋を覗いてみたら、『望郷の道』上下巻が並んでいた。

今日の中日新聞にも、第3面の下段に全三段の広告があり、幻冬舎の意気込みがうかがえる。
北方謙三著『望郷の道』(幻冬舎刊)は、日本経済新聞に連載されていた頃から大きな反響があったようだが、私自身は毎日がとても楽しみであった。

新聞広告に、執筆意図が書かれているが、その思いは十分に伝わったと感じる。
《すべての北方作品は、この小説を書くためにあった!! 自らの曾祖父母に材をとり、佐賀と台湾を舞台に家族への愛、ビジネスへの献身、日本人のものづくりへの情熱を高らかに謳い上げた。》


著者の意図を広告コピーで知ることになったが、改めて小説を思い出してみるに、まさに感動的な内容であった。

北方謙三氏が直筆で、《書くべきことを書いた。その喜びが、私を満たしている。》と書いているが、この短い文章から強い思いが伝わってきた。


もう一つ、私が昨年9月に、この連載小説のことについてブログに書き込んだが、その記事に対するアクセスが20日から目立っている。一日20件ほどある。

2008年9月30日付、タイトルはズバリ「望郷の道」であった。
29日に、409回を数えた連載が終了。毎日読みながら、男の生きざま、仕事への情熱、事業の経営や人づくりについて多くの刺激をもらった。同時に感動もした。

これはおそらく出版されるだろうが、もう一度読みたいものである。私は傑作だ思う。・・・こんな内容であった。


日経の連載小説はファンも多く、この出版を待ち望んでいた人もあるだろうが、お勧めの本といえる。
特に管理者には・・・。
posted by 伊藤保徳 at 15:22| Comment(0) | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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