2009年02月25日

日本語を学ぶ

今日の瀬戸市倫理法人会モーニングセミナーの講話は私の当番であり、日頃感じていることについて話をした。テーマは、「日本語を学ぶ」であった。

相手に自分の気持ちを伝えるうえで、言葉はとても重要であるが、ともすれば日本語は小さい時から使っている事もあり、きちんと学んだと言う記憶がない。
尊敬語や謙譲語などは教えてもらったことがあるが、それは日本語を学ぶと言うより、対人関係を円滑にするための「礼儀」として学んできた。

従って、「日本語」をいまさら学ぶと言うような気持ちは全くなかった。
しかし、「致知」(2月号)にあった、東京世田谷区教育長(若井正文氏)のインビュー記事を見ていささか驚いた。

義務教育の中で、「日本語」という教科を創設し、平成19年から「日本語授業」が始められたという。

ふと思ったのは、わざわざ「日本語」という教科を作らなくても、「国語」の時間でいいのでは?ということである。
この点について教育長は理由を二つ述べている。
《一つは、教科「日本語」の内容が学習指導要領に定められた「国語」の内容だけでなく、社会科的な内容、理科的な内容、また算数・数学的な内容なども含み、教科横断的な内容になっていることです。

二つ目の理由は、学習指導要領で定められた「国語」と違って、小学一年生から多くの古典に触れさせるとともに、漢字も多用していることです。》・・・と。

いうなれば、日本語が日本人をつくり、日本文化をつくりあげているという基本思想があり、日本語を学ぶということは、総合的な日本文化の学びであるという認識であるとのこと。

この記事を読んで、一種感銘を覚えた。

と言うのは、『日本創生への道』(丸山敏秋著、倫理研究所)の中にも同じことが書かれていたことを思い出したからである。ここでは、日本文化の本質として、「日本語」と「天皇家」のことが説明してあった。


さて、「日本語の授業」なるものがどんなものかと興味が増すばかりであるが、記事の中で、小学校中学校の「教科書」を一般にも販売していることを知り、早速購入することにした。

この教科書が一週間ばかり前手元に届き、いったいどんなものかとページをめくって驚いた。

小学校一年生の教科書とは思えないような内容である。
一番最初のページこそ、「鉛筆の持ち方」の図説であるが、以降は、「春夏秋冬」の四季にあわせた「詩」や「俳句」などが紹介されている。

これを、声をそろえて音読しているという。

小学一年生の「春」にあたる部分を紹介すると・・・、
「季節を楽しもう」〈1〉として、山村暮鳥の「風景」という詩が紹介されている。そして、「春はどんな季節ですか?」「春を感じる言葉をさがしてみましょう」という設問がある。

「日本語の響きやリズムを楽しもう」〈1〉では、小林一茶の俳句が紹介され、《俳句は、日本で古くから続けられてきた短い詩です。》という解説がある。

そして次には「漢詩」、「地域の民話」、「短歌」と続くのである。
一年生では習うことのない「漢字」もたくさん使ってある。(もちろんふり仮名はある)

「秋」になると、「論語」まででてくる。


教科書全てに目を通したわけではないが、確かに「国語」という領域ではなく、総合的な日本文化の学びのために編集された意図がよく理解できる。

改めて「日本語」を学ばねばならないと思った。


posted by 伊藤保徳 at 10:57| Comment(4) | 人づくり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

大局観

我々の業界に「オートメルビュー」という新聞があるが、その2月18日号の「オートメ評論」欄に、米国オバマ大統領を評価する一文があった。

執筆しているのは、オートメ総合研究所所長の白岩禮三氏である。

内容は、オバマ大統領の「大局観」を褒めたものである。
大統領は、今の経済危機に対し、その政策を「景気回復」とは言わず、「米国経済の再構築」といい続けている点である。

即ち、「景気回復」といえば、回復前の経済が正常であり、それに戻すというニュアンスになるが、「再構築」という言葉を使い、根本的に変えようとしているのである。
つまり、かって経験した好景気というのは、資源の無駄遣いの上に成り立っていたという反省に立ち、「経済の再構築」こそが、米国の新しい指標にしようとしているのである。

それが、「グリーンニューデール政策」である。

我が国はどうであろう。
国会では「景気回復」「経済対策」という言葉ばかりである。しかも「定額給付金」などという、ばらまきとしか思えないような小手先の施策ばかりである。

いうなれば、大局観が無いのである。寂しいかぎりである。


ただ、そんな中にあって、安倍内閣の時の大田弘子経済財政政策担当大臣は、時代を見据えた発言をしている。
大田弘子著『経済財政諮問会議の戦い』(東洋経済新報社)で、「危機を反転する成長戦略のビジョンを」、と主張している。
この内容は、大臣当時に演説された内容で、以前ブログにも書いた。

氏の談話が紹介された小冊子(My経営情報、2009.2)から一部紹介する。

《2002年以降の世界経済は、米国の消費がエンジンになって牽引される構図が続いてきた。しかしその構図は明らかに終焉を迎え、世界経済は次の大きなステージに進もうとしている。それがどんなものかはまだ誰もわからない。しかし考えておかなければならないのは、新しい世界経済のステージで日本はどの位置に立てるのかという問題である。

日本経済が直面している地域経済の低迷、消費の冷え込みといった問題は、今回の金融危機で起こったことではなく、金融危機の前から抱えていた課題だ。

従って今大事なことは、一時的な目先の施策ではなく、地域の弱さ、消費の弱さ、雇用の弱さへの根本的な取組みである。》

そして、成長戦略として、@サービス産業の生産性の向上。A世界に開かれた経済システムの構築。B人材を活かす。の三つを上げているが、これは大臣当時の演説にあった内容と同じである。


現内閣の進めている施策に比べ、大局観のある提言である。
この事に付いてもっと議論を深めるべきである。

オバマ大統領の言う「経済の再構築」と視点は同じである。


何故大局観のない施策検討に終始するのかといえば、「国民への迎合」がそうしているのだと思う。マスコミでは、今の政治は「国民不在」と非難するが、そうではなく、選挙に勝つために国民の顔色ばかりを伺っているため、小手先の施策しか思いつかないのである。

「100年に一度」という言葉が良く使われるが、真にそう思っているのであれば、根本的に構造を変革必要があろう。
オバマ大統領の言う「再構築」であり、大田氏の言う「世界経済の中での位置づけ」を明らかにするべきであろう。


今こそ、日本の特徴や強みを再認識し、日本型の経済構造を構築することをビジョンとすべきである。
posted by 伊藤保徳 at 04:35| Comment(1) | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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