2009年02月18日

捨てる生活

昨晩、瀬戸市倫理法人会では幹部研修会があった。

幹部研修というのは、毎月一回午後七時から一時間ほど、倫理研究所から派遣される講師によって行われているもので、「テキスト」をもとに、純粋倫理の原理を学んでいる。

夕方からというのは、急な用事が入ったりして出席者は少ないが、その分、濃密な時間になることもある。人数が多ければ、どうしても講師からの一方通行になるが、少なければ、「対話」があり、それなりに楽しいものである。

昨日は、七つの原理の内、『発顕還元の原理』を解説してもらった。
原理というだけあって、極めて当たり前のことである。しかし、日頃「気づかず生活」をしていることが多く、反省させられることが多い。

「発顕還元」とは、「出る・入る」の調和のことであり、「捨てる心なくして、得られる物はない」、というものである。

偶然であろうが、毎週発行されている「今週の倫理」(599号、2009.2.14〜2.20)の中に、倫理研究所創設者丸山敏雄氏の言葉があった。それが、「発顕還元の原理」に関するものであった。
(これは、講義を聞いてわかったのだが・・・。)

丸山敏雄氏は、《「純粋倫理」に則った生活を、一言で「捨てる生活」と表しています。これは経営者が日頃その判断・決断を行う時に、「固定観念」や「執着心」、そして「自己中心の我欲」などを捨てることが大切、という教えです。》とある。

このこともよく言われていることだが、この「捨てる」、ということはなかなか難しいものだ。

「固定観念」、「執着心」、そして「自己中心の我欲」を捨て去ることが本当に出来るものなのか?と思ったが、講義をききながら一つ理解できたことがある。

それは・・・
《捨てる生活というが、一体何を捨てるのか?それは「わがまま」や「私欲」である。》という説明である。

「わがまま」を捨てるとは、素直な気持ちになることであり、「私欲」を捨てるとは、世のため人のためになる考えを持つことである。これは、ロータリークラブでもよく言われていることである。

更には、「素直とは集中力だ」、との説明を聞き、モヤモヤしていた気持ちが一気に晴れた。


「捨てる生活」・・・。こういう達観した物言いは出来ないが、少なくとも、「わがままや私欲」を捨てて決断し、そのことに無我夢中になることだということは理解できた。
「無我夢中」という言葉が思わず出てきたが、ここにも「無我」という字句が出てくる。


些か理屈っぽいが、「無我」にならないと「夢中」にもなれない。
素直にならないと集中できない、ということと同じような意味である。

日常は、こんな気持ちで生活をしていないが、「はまった時にはこういう経験」をしたことがある。

もっと、「意識して生活すべき」と反省。



posted by 伊藤保徳 at 13:09| Comment(0) | 人づくり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。