2009年02月12日

言葉のつながり

瀬戸木鶏クラブでは、毎月第一土曜日の午前中に勉強会を開催しているが、最初に「致知」当月号の巻頭の言葉を輪読している。

一番最初のページにあり、参加者全員が読んできており、数人からその感想を述べてもらっている。

2月号の「巻頭の言葉」は、南無の会会長、松原泰道氏の「看脚下」と題した文であった。
「禅の言葉」であるが、文字通りにとらえれば「自分の足元を看よ」、ということである。しかし、禅の思想では、象徴するものに置き換えられて表現されているそうで、なにを象徴しているのかを理解しないと真意をつかむことは出来ないとの事。

説明によれば、「今、目の前にあることをキチンと行うこと」。つまり、お茶を飲むならただお茶を飲むことに心を統一していくこと、あるいは履物を脱ぐ時にはキチンとそろえて脱ぐ、というように、今この場で自分は何をすべきかを自問自答していくことであるという。

言葉を変えて言えば、「気づいたらすぐ行う」「懸命に行う」というような理解も出来よう。

この解説のつながりに、もう一つ「仏心」「仏性」の言葉の説明もある。
それは、「全てのものに役割」がありそこに仏様が宿っている、と説かれている。人間一人一人についても同様である。

そして、《自分に与えられた役割を自覚して、自分のための自利と、他人のための利他とが一つになっていくような仕事、人生を、ぜひ目指して生きたいものです。》と結ばれている。


さて感想であるが、その人は、「私は倫理の勉強を一年ばかりしていますが・・・」と切り出し、「巻頭の言葉ですが、倫理の中に同じような言葉があり、共感した」、という内容であった。

私も同じようなことを思っており、耳を済ませた。

「倫理には、「即行即止」という言葉がありますが、これは「気づいたらすぐ行う」という教えであり、「看脚下」と同じだと思った。また、《モノは生きている》という言葉もあり、禅も倫理もつながっていると思いました。」
こんな内容であった。


倫理法人会での活動と木鶏クラブの勉強会は、そのアプローチや方法は違うものの、共に人間修養についてのものであり、考え方がつながっていることは当然である。
しかし、具体的な「言葉つながり」を発見すると、それぞれの理解が深まったように感じるのは私だけではないと思う。

「致知」の記事の中に、倫理法人会の教材である「万人幸福の栞」に書かれていることと同じような言葉を見つけたとき、「腹に落ちたような気がする」のである。
読んでいて、思わず膝を叩きたくなる。

楽しく思える瞬間でもある。


さらに勉強を深め、言葉のつながりを多く見つけたいものである。


posted by 伊藤保徳 at 22:35| Comment(0) | 人づくり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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