2009年02月12日

言葉のつながり

瀬戸木鶏クラブでは、毎月第一土曜日の午前中に勉強会を開催しているが、最初に「致知」当月号の巻頭の言葉を輪読している。

一番最初のページにあり、参加者全員が読んできており、数人からその感想を述べてもらっている。

2月号の「巻頭の言葉」は、南無の会会長、松原泰道氏の「看脚下」と題した文であった。
「禅の言葉」であるが、文字通りにとらえれば「自分の足元を看よ」、ということである。しかし、禅の思想では、象徴するものに置き換えられて表現されているそうで、なにを象徴しているのかを理解しないと真意をつかむことは出来ないとの事。

説明によれば、「今、目の前にあることをキチンと行うこと」。つまり、お茶を飲むならただお茶を飲むことに心を統一していくこと、あるいは履物を脱ぐ時にはキチンとそろえて脱ぐ、というように、今この場で自分は何をすべきかを自問自答していくことであるという。

言葉を変えて言えば、「気づいたらすぐ行う」「懸命に行う」というような理解も出来よう。

この解説のつながりに、もう一つ「仏心」「仏性」の言葉の説明もある。
それは、「全てのものに役割」がありそこに仏様が宿っている、と説かれている。人間一人一人についても同様である。

そして、《自分に与えられた役割を自覚して、自分のための自利と、他人のための利他とが一つになっていくような仕事、人生を、ぜひ目指して生きたいものです。》と結ばれている。


さて感想であるが、その人は、「私は倫理の勉強を一年ばかりしていますが・・・」と切り出し、「巻頭の言葉ですが、倫理の中に同じような言葉があり、共感した」、という内容であった。

私も同じようなことを思っており、耳を済ませた。

「倫理には、「即行即止」という言葉がありますが、これは「気づいたらすぐ行う」という教えであり、「看脚下」と同じだと思った。また、《モノは生きている》という言葉もあり、禅も倫理もつながっていると思いました。」
こんな内容であった。


倫理法人会での活動と木鶏クラブの勉強会は、そのアプローチや方法は違うものの、共に人間修養についてのものであり、考え方がつながっていることは当然である。
しかし、具体的な「言葉つながり」を発見すると、それぞれの理解が深まったように感じるのは私だけではないと思う。

「致知」の記事の中に、倫理法人会の教材である「万人幸福の栞」に書かれていることと同じような言葉を見つけたとき、「腹に落ちたような気がする」のである。
読んでいて、思わず膝を叩きたくなる。

楽しく思える瞬間でもある。


さらに勉強を深め、言葉のつながりを多く見つけたいものである。


posted by 伊藤保徳 at 22:35| Comment(0) | 人づくり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月11日

人の扱い

参議院議員の大塚耕平氏がメルマガ「OKマガジン」を発行しているが、その185号(2009.2.9)に我社のことが取り上げてあった。

メルマガ読者で、知人から「取り上げられていますが読みましたか?」と、連絡をもらったりして、それなりに話題になっていることを嬉しく思った。。

私は数年前に大塚氏と名刺交換をしており、以来「0Kマガジン」が配信されるようになり、時々読んでいたが、今回のように「河村電器産業」という固有の名前を出しの記事は記憶にない。


内容は、我社の経営理念や企業のあり方について取り上げ、企業経営の一つのあり方だと評価。それに比べて、現在の極端な人員整理は「人」を無機質な生産要素として扱いを批判するものであった。

もう少し具体的に紹介すると、
@ステークホルダー、A「和」と「礼」のバランス、B天地人、の三つの項で所見が展開されている。

@ステークホルダーでは、我社が昨年9月行った創業90周年記念式典での社長挨拶(ビデオで見た)をとりあげ、企業を取り巻く利害関係者(ステークホルダー)は株主最優先ということではなく、調和が必要。それは理念である「和の精神」の発現であろうとの論評。

大塚氏も共感したとの事。

次にA「和」と「礼」のバランスでは、聖徳太子の「和を以って貴しとなす・・・」とは、「論語」と「礼記」からの出典であること。「和」だけでも「礼」(法とか規範)だけでも問題で、要はバランス「中庸」が大切であるということを指摘している。

余談ながら、最近「論語」を改めて勉強して、今まで我社の経営理念「人の力、心の和」についての根源的な意味について理解が進みつつあるところである。
大塚氏の言う、「論語」や「礼記」。これは古典の「四書五経」といわれるもので、もっと勉強しなければいけないと感じている。


さて三つ目の「天地人」である。
「天地人」を企業経営に喩えると、「天の時」は経済環境、「地の利」は経営戦略、そして「人の和」は、社員の士気といえる。
これは、「人の和」が最も重要であるということで、「人の和」なくして「地の利」も「天の時」も無意味であるという指摘であった。


そして結論として、「人」が調整弁となるような経済システムや経営戦略は再考すべきであり、少なくとも「人」を無機質な生産要素として扱ってはならないとしている。


大塚氏は日銀出身であり、セミナーでも経済や金融のことは詳しいという印象を持っていたが、今回のマガジンで知らなかった一面を発見した。
今号での意見は、すべて賛同できるものであり、私自身が日常的に考え、行動していることでもある。

「具体的にどうするべきか」については言及されていないが、機会があれば議論をしたいと思っている。
posted by 伊藤保徳 at 10:00| Comment(2) | 経営に関して | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月10日

聞き上手

管理者教育などで、部下の育成や動機付けを促す態度として必ず出るのが「相手の話をよく聞く」、ということである。
自身の思いや考え方を伝えようとするあまり、ついつい一方的に話してしまうことが少なくないようである。

質問があったとしても、最後まで聞かずに「それはああだ、こうだ」と、先回りをしてしまう。結局は対話になっておらず、部下は十分な理解をしないままに終わっていることも多く見受けられる。
私もその傾向があったが、40代に入り地域の人たちと話をするようになり、相手の話を最後まで聞いてから発言しようと心がけている。

日常生活でもこうしたことは往々にしてある。
私が〇〇のことについて意見が欲しくて状況説明を話しだしたとする。すると、その説明が済まないうちに、「私の場合は・・・」と、自分の状況を話し出す人がいる。

すると違う人もその話に乗って、これまた自分の事を言う。まさに相手の話を「喰って」しまい、やり取りされる言葉の数は多いが、全く会話にならない。
そして最初の話とは全く違う方向に進み、「ところで何の話だったっけ」、ということになる。

失礼千万だと思うが、そうした時一段落するまで待つようにしている。従って時間はかかる。


2月7日の日本経済新聞(NIKKEI PLUS 1)に、『聞き上手は仕事上手』という見出しで、聞き上手になるためのポイントが紹介されていた。
私を含め、聞き上手になりたいと思っている人には大いに参考になる。

《人の話を聞く。この当たり前のことがきちんと出来ていない人は意外に多い。聞きっぱなしであったり返事だけはよかったりする「自称聞き上手」もいるだろう。》・・・こんな書き出しで、真の聞き上手になるためのポイントを紹介しているが、単なる方法を示しているだけではなく、「何のために・・・」という狙いや心がけを示している点がいい。

ポイント1
「聞くことのメリットを理解する」
・提案力が向上する。
 相手の置かれている状況、希望を把握することが出来る。

・交渉力がアップする。
 本音を引き出し、交渉時の自分のカードを増やす。

・対人関係が円滑になる。
 きっちり聞く姿勢を示すことで信頼関係を築く。

ポイント2
「相づちを効果的に打つ」
・一種類の言葉ではなく、多くの種類を使う。
 「はい」に加え、「ええ」「なるほど」「そうですね」

・相手の使うキーワードを繰り返し、興味を示す。
 声が大きくくなる言葉や繰り返し使う言葉に注目。

・キーワードに「プラスα」の質問をする。
 話題への関心を示し、話に参加していることをアピール

・視覚に訴える。
 話に合わせうなづく。身ぶり手ぶりを加える。キーワードをメモする。

ポイント3
「気持ちよく話してもらう」
・服装や装飾品などをチェック。
 相手の趣味や好みから話題を広げる。

・声のトーン、大きさ、話すスピードに合わせる。
 相手に合わせる話しやすい環境を作る。


一般的に聞き上手になるためのポイントとして紹介されるのは、「2」であるが、1と3を知り、「確かに聞き上手の人はこういう姿勢である」と感じた。

つまり、「相手を尊重し知ろうとする努力」をし、「常に相手を気遣っている」ということである。
こうありたいものである。
posted by 伊藤保徳 at 07:44| Comment(0) | 人づくり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月09日

本当の勇気

今日の「楽習会」で、「勇気」のことが話題になった。

楽習会では、なるべく多くの人に発言してもらい、その内容について議論をしながら何かを学んでもらおうと考えている。
なんでもいいから発言して欲しいが、なかなか難しいようで、一年くらい前からは、倫理研究所発行の小冊子『職場の教養』の言葉から、感想を述べてもらっている。

何人か発言し、意見交換をしたが、最後の一人から、1月3日の一文が紹介された。

『知ったかぶり』というタイトルで、「Yさん」の体験談が紹介されていた。
取引先で「本」の話題になったが、自身読書は苦手で普段本は読んでおらず、相手の話についていけなかった。しかし、自分の無知をさらすようで、つい知ったかぶりをしてしまったという。結局最後に大恥をかいてしまったが、「分らないことは分らないと、相手に教えてもらう勇気が必要だということを痛感した」、という内容である。

最後に、《自分自身を必要以上に尊大に見せることも、卑下することもありません。ありのままの自分を認めつつ、足りないところを補っていきましょう。》と結んであった。


発言をしたその人は、その文章に共感を示しながら、職場での会議などで「分らないこと」があっても、その場で「聞く勇気がない》、ということを述懐していた。

この発言に、「勇気を出して聞いて見よう」、とは言ったがあまり適切なコメントとはいえない。些か未消化ではあったが、時間の都合もあって楽習会は終了した。


帰宅して読みかけの本を開いた。
今読んでいるのは『論語力』(Yu Dan著、2008、2)という本だが、この中に《本当の勇気とは何か》という項目があった。

この本は、一般的な論語の解説本ではなく、孔子の言う「真理」を究めてシンプルに表現し、現代の生き方に活用してもらいたい狙いのようで、とても分かりやすい内容である。(今日の午後から読み始めたばかりである。)

二つの文章が紹介され、「孔子が言わんとしているのは・・・」として、次のようにまとめられている。(P58から抜粋)
《心に一定の節度をもち、常に自らを戒めることができれば、たとえ自分が過ちを犯した時でもすぐに改める勇気をもつことができる。これこそ孔子が教える、本当の「勇気」なのです。》

「心に一定の節度をもつ」とは、「正義感」と「感謝の心」であると理解した。


勇気とは、「格別な能力」をいうのではない。(と思う。)
物事の判断基準を「好き・嫌い」とか、「損得」ではなく、「正しいか、否か」に置くこと。そして、「感謝の心」により、「相手(万物)から学ぶ姿勢」をもった時、素直な気持ちで質問も出来るのであろう。

それを「相手に教えてもらう勇気」、といっているのではなかろうか。


勇気について考えたが、「論語」が少し身近なものになったような気がする。
posted by 伊藤保徳 at 23:16| Comment(0) | 人づくり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

発会式

昨日午後、「せと狛犬プロジェクト実行委員会」の発会式が開催された。
発起人から声を掛け、7〜8人の世話人で半年程度活動をしてきたが、これで正式なスタートとなった。

40人定員の会場を予約し、何とか20人以上の参加を願っていたが、予想を上回る34人の出席を得た。

式は、今までの活動経過の報告の後、世話人を代表して私から活動目的とその内容について説明した。
この後、来賓から祝辞を頂き、入会の案内をして終了した。


活動の経緯は、中心的な役割を担っている高島さんから詳しく報告があったが、よく理解できるものであった。「狛犬の起源」、「日本伝来の経緯」、「狛犬信仰」、「深川神社に鎮座する陶製狛犬」などの説明の後、「瀬戸で狛犬祭りをやりたい・・・」という思いも披露された。

この報告を受ける形で、私から「目的と事業内容」の説明をした。
「規約案」に、「組織の目的」と「事業」が記されており、その説明を中心とした挨拶を行った。

・組織の目的
《「愛・地球博」の環境・自然との共生、持続可能な社会の継続という理念の継承と実践をふまえ、先人たちの努力・苦労によって1300年続いてきた窯の火、やきものの歴史・伝統を後世に伝え続けていくために、国の重要文化財である深川神社に鎮座される陶祖・藤四郎作といわれる狛犬をシンボルにした街おこし、産業の活性化となる事業を実践して安全・安心・防犯・防災、安らぎある瀬戸の街づくりに貢献することを目的とする。》


本来ならが、提示した「規約案」を逐条審議し、規約を承認してもらい、会長を始めとした役員構成を決定するところだが、先ずは活動実績を残すことが重要であるとの考えから、会の代表だけ明確にしておくことになった。

今後、会員拡大と共に、体制整備をしていくつもりである。


今回の発会式が、形式だけではなく、内容のあるものになったのは、「来賓」各位の挨拶であったと思う。

深川神社の二宮宮司からは、「大賛成です。大いにやりましょう。」との言葉、愛知陶磁器工業組合専務理事からは「協賛、協力をしていく。」との表明、そして中央商店街の理事長からは「協力、連携しながら街の賑わいをつくりましょう。」との励ましをもらった。

実行委員会での話し合いでは、「夢の域」を出ていないが、こうした人たちとの交流が始まると現実味を帯びてくる。こうした関係をもっと拡大していかねばならないと思っている。


発会式終了後、多くの参加者から「入会申し込み」を受け、名実共にスタートがきれたと思う。

今後は問題を一つづつ片付けながら、実績作りに励みたいと思う。
posted by 伊藤保徳 at 07:59| Comment(0) | 街づくり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月08日

シンボル

瀬戸市の活性化を促進させるため、そのシンボルとしての「せと狛犬」のデザインと名前を募集したが、全国各地から204点の応募があった。

いずれ劣らぬ秀作ばかりで、1点に絞ることが難しく、まずは市民の声を聞くべく1週間展示をした。多くの声が寄せられたが、それらを参考にして「グランプリ」を選ぶ予定である。

この活動は、昨年4月に知り合いの陶磁器関係者から声を掛けられ、「せと狛犬プロジェクト実行委員会」としてスタートを切った。
世話人の代表を依頼され、十分に活動が出来ないことを承知の上で引き受けることにした。

活動の目的は、瀬戸市内でいろいろな活動やイベントが展開されているが、そのシンボルが無いため、トータルとしてのアピール力が低いことからそれを創ろうというものである。
願わくば、そのシンボルをキャラクターに、商品化が出来ればとの思いがある。

従って、10年位の長期計画のもとで、活動が始まった。
シンボルといっても、有志の会のことでもあり、市民に認知をしてもらうにはかなりの時間が必要だと考えている。

「せとものの瀬戸」をアピールするためにと、産土神である深川神社に鎮座される「陶製狛犬」(文化財)をモチーフとしたキャラクターデザインを募集したのである。
「狛犬」は全国区であるが、「陶製」というのはこの地方にしかなく、併せて地場産業である「陶器」のアピールにもなると思う。


最終的に絞り込んだ十数点の中から1点を選ぶわけだが、私個人としては2点気に入ったものがある。

本日午後、世話人の皆さんとの会合で、会則の検討、会員拡大の方策、そして当面の活動について話し合うことになっているが、ようやく「会」として組織的に活動することになる。

10計画についてはまだ煮詰まっておらず、「あれもしたい、これもしたい」というアイディア段階である。
「街づくり」「有志の会」という活動で、10年という長期計画を策定する経験は無く、どんなものになるかわからないが、少なくとも、町全体を見つめなおすよい機会だと思っている。


活動を通じ、瀬戸の歴史や文化を再確認し、後世にうまく伝えられたら・・・と、たいそれた事を考えている。
posted by 伊藤保徳 at 09:31| Comment(0) | 街づくり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月07日

第7回木鶏クラブ

今日で第7回目となる「瀬戸木鶏クラブ」が開催された。
昨年8月にスタートし、毎月一回の勉強会であるが、会を重ねる度に参加者が増え、今回は17名の出席であった。

今回初めての参加が4名あったが、皆さんとても熱心である。

発足時から同じような運営をしており、先ず「致知」2月号の巻頭の言葉を輪読、引き続いて2月号の記事の中から「印象的なもの」について感想を述べてもらっている。

なるべく多くの人に発言してもらおうと思っているが、17名という人数ではとても難しい。

出席者が順番に感想を述べるだけなら二時間の中で可能だが、感想を聞き、それに対する意見交換が勉強会の醍醐味だと考えており、どうしても偏ってしまった。

この人数だと次回からの運営に少し工夫が必要だと思っている。


さて内容であるが、具体的な事項は別途にブログ(瀬戸木鶏クラブ)が立ち上がっており、そちらに詳しく書き込むつもりでいる。

「致知」2月号の特集は、「富国有徳への道」であるが、冒頭に次の文章がある。(抜粋)
《私たちの祖先は勤勉・正直・親切・謙虚・素直・感謝といった徳目を規範に、幾世紀も暮らしてきた人たちであった。外国の人たちの証言はそのことを明らかにする。

さて昨今は・・・隔世の感、と言わざるを得ない。この日本人の美質を取り戻し、後生に渡さなければならない。

私たち一人ひとりがこの美質を涵養し、発揮した時、日本は真に豊かな国となる。富国有徳とはこのことである。》


こうした内容であり、「話題」は多岐に及んだ。
「そう言われてみれば・・・」と、子どもの頃の「家庭」、「地域」、「学校」での思い出を多く語ってもらった。それほど昔の話ではない。たかが4〜50年前の話である。

どうも、変わってきたのは1970年代からのようだ。


発言の多くは、賛同できるものであり、同時に考えさせられるものばかりであった。
まさに、「言われてみれば・・・」である。

「昔に返れ」、というのではない。
今を生きる我々が、何に気づき、どのように考え実践するかということが課題であろう。

「沢山の言葉」から、気づきを得、自覚をし、実践してみる。
それが「学び」なのであろう。
posted by 伊藤保徳 at 17:00| Comment(0) | 人づくり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

心の健康

昨日、瀬戸労働基準協会主催の「労働基準法改正解説とメンタルヘルス対策」に関するセミナーが開催され、冒頭に挨拶をした。

瀬戸労働基準協会は設立されて50年以上になるが、当初の活動は「じん肺問題」への対応であったと聞く。瀬戸地方は陶磁器産業が盛んで、50年前は輸出が好調であった。

職業病とも言われるじん肺は、作業環境によるところが大きいが、地場産業は中小、零細企業が大半であり、環境に対する配慮は生産の二の次であった。
しかし、業界としてその対策に乗り出し、随分改善されたようだ。

そんな時期に協会が設立されている。

その後、労働基準監督署の指導のもと、「労働基準行政への協力」と「事業場の安全衛生活動推進」に対し一定の役割を果たしてきた。

私が会長を担当した頃(10年前)、活動の中心は「労働災害の撲滅」であったが、数年前から「保健衛生」についての取り組みを始めた。
まずは「定期健康診断の完全実施」であったが、安全衛生法の改正あり、「心の健康」にも取り組むようになった。内容は「セミナー」の開催が主たるものであった。

昨今は、長時間労働が従業員の心身に及ぼす影響が明らかとなり、「労働時間の短縮」が命題となっている。


こうした取り組みは今後も進めるとして、今後、心身の「健康」をどのように維持、増進させていくかということになるが、「職場での生活」という視点で考えてみた。

あえて「生活」というのは、以前にも書いたが、「職場は家庭」のようなものだと考えるからである。仕事を行うのは当然ながら、それを「一人の従業員」として見るのではなく、「家族の一員」としてみることが目指す姿である。

それは、お互いが「いつもと違う」ことを、話し方や態度・行動から察知することである。
この「いつもと違う」、ということを感じたり発見することが重要である。早期発見早期治療は健康維持のセオリーである。

「メンタルヘルス」対策と、大上段に振りかぶるのではなく、「いつもと違うこと」を、お互いが察知し声を掛け合うような職場作りこそ肝要である。


こんな内容の挨拶をしたが、先ずは我社で取組んでいきたいと思っている。
posted by 伊藤保徳 at 06:48| Comment(0) | 経営に関して | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月06日

大企業の社員削減

急激な景気悪化で、企業の社員解雇のニュースが毎日伝えられている。

今日の中日新聞でも《正社員切り「負の連鎖」》という大きな見出しで、「正社員の削減を打ち出した」主たる企業を紹介している。
・パナソニック・・・国内外で正社員を含め1万5000人削減
・ソニー・・・同じく1万6000人削減
・NEC・・・同じく2万人超削減(正社員削減は海外中心)
・JVC・ケンウッドHD・・・国内で580人の早期退職募集、2010年度新卒採用見送り
・日清紡・・・正社員300人削減
・日本板硝子・・・国内外で正社員含め5800人を削減
・曙ブレーキ工業・・・正社員対象に希望退職募集検討
・アルプス電気・・・国内外で正社員含め1万3000人削減。賃金を一律5%カット


以上のように、名だたる企業ばかりである。

私はこの大胆な「施策」に否定的である。

派遣労働者と正社員は全く違う。
昨年末から、派遣社員の契約解消や雇い止めに対し、マスコミは「派遣労働者側」を擁護する報道が多かったが、これは間違っていると思っている。

派遣労働者は、自ら「期間契約」という働き方を選択しているのであり、「契約が継続されない」事に対して文句をいう立場にない。
しかし、正社員は違う。一旦入社すれば、余程のことがない限り定年まで雇用されるというのが暗黙の了解事項である。日本型企業の素晴らしい点である。

にもかかわらず著名で、優良企業だと思っている企業が、大胆な「正社員解雇」とは・・・。一体日本はどうなってしまったのかと思う。

企業は存続発展こそが第一義の責務であり、そのためになりふりかまわず雇用調整をする気持ちもわからないわけではないが、あまりにもドライである。

日本型経営の良さである「人を大切にする」、とか「企業は人なり」という文化(理念)は一体どこに行ってしまったのか?


私は、この状態を「株主重視の経営」の弊害だと思っている。
長い歴史の中で、幾多の不況に遭遇してきたが、その都度「雇用調整」も行われてきている。そしてそれは「経営者の恥」として、こっそりと行われてきた。

この「こっそり」こそが重要である。
言葉を変えれば、「当事者と十分話し合って・・・」ということでもあった。

しかし、90年代半ばから、日本経営の株主軽視が問題となり、徐々に欧米型の経営、即ち株主重視の経営に傾き、「雇用調整」(社員解雇)を堂々と発表、それにより株価が上がったりしたのである。

今や業績が悪化すると、最初に手を打つのが「雇用調整」、いや「社員解雇」が堂々と行われるようになってしまった。

短絡的に「解雇」ではなく、「雇用調整」をしながら、皆で耐え忍ぶという道を選ぶべきである。中小企業は皆そうした方策を取っている。
我社もそうである。


株主を重視するあまり、短期の利益に血道をあげることは日本の良き伝統を否定するすることになると思うのだが・・・。
posted by 伊藤保徳 at 18:22| Comment(0) | 経営に関して | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月05日

モリコロの川

本地の将来を考える会における自主事業である「親子農業体験」も、今月22日の「収穫祭」で今年の事業が終了する。

「親子で米作り」を進めているが、すでに8年を数え、時折の作業(田植えから稲刈りまで)の段取りもスムーズに行われるようになり、その打ち合わせも極めて簡単に済むようになった。

継続事業はともすればマンネリ化するので、核となることは踏襲するものの、付帯的事項については常に検討するようにしている。

会の運営でも同様なことがいえる。

昨日の会合でも「今後の運営」について、提案の呼びかけがあった。


この会がスタートして間もない頃、「本地ふれあい祭り」を行っていた。
地域の中心を東西に流れる「矢田川」の河川敷を利用し、地域住民のふれあいを深めるべくイベントを行っていたが、8回ほど開催し今は休止状況である。

ふれあい祭りは「地域住民の交流」を狙いとしていたが、もう一つ「愛知万博」というビックイベントがあり、それを盛り上げるという目的もあった。
2005年に開催されたが、万博閉幕と共に一時休止という状況である。


その後の新しい動きとして、この矢田川を「モリコロの川」と命名、矢田川流域を守っていこうというプロジェクトが立ち上がっている。

矢田川は、万博会場であった「海上地区」の奥にある猿投山の森を水源としており、名古屋で庄内川と合流し伊勢湾に流れ込んでいる。
私の通った幡山中学校区の真ん中を東西に流れている川である。

万博の精神を引き継ぎ、「川を大切にすることが住みやすいまちづくりにつながる」、として活動が始まっている。そんな背景があり、愛知万博のマスコットであった「モリゾーとキッコロ」の名前をつけたのである。


プロジェクトの存在は知っていたが、その活動主体がわが地区の上流地域の人たちが中心ということもあり、その活動内容は知らなかった。

昨日、「広報・矢田川」の第1号と、「矢田川環境マップ」を見たが、その取り組み内容は広い範囲にわたっている。

広報の中に、愛知県の取組みが紹介してあった。
「あいち水循環再生基本構想」というものがあり、水の循環再生の内容が示してあるが、なかなか興味深いものである。

まちづくり活動を、「わが地域だけ」という発想を打ち破る機会になるかもしれない。
とはいえ、わが地域ならでは取組みでなければ多くの住民の参加が得られないであろう。


この点を検討しながら新しい取り組みに挑戦していきたい。
posted by 伊藤保徳 at 06:57| Comment(0) | 街づくり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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