2009年11月11日

配線器具の日

今朝、思いっきり早くブログを更新したがそれには訳があった。

今朝は倫理法人会のモーニングセミナーである。
このセミナーに出席をし、11時半からの東京での会合にも参加しなくてはならない事情があり結局は午前4時に起きることになった。

早朝からドシャ降りであった。
特に、モーニングセミナーに出かけた時間は特に激しく、コウモリ傘が役に立たないほどであった。


東京での会合というのは、「配線器具の日、講演会」と、その前にに開催された理事会への出席であった。
「配線器具の日」というのは、平成11年に11月11日をその日と定め、毎年この日に関連業界の方々を招き、シンポジウムを開催してきた。
それが10年経過し、所期の狙いは達成できたとし、今年の第11回から今までとは違う内容となった。

もともとこの「配線器具の日」というのは、三ヶ月間の「点検運動期間」の中での記念日という位置づけである。数年前からは、「点検」から「配線器具の清掃」という訴求をするようにもなっていた。

そこで今年は、一般消費者に対して「配線器具の清掃」をアピールしようということになり、昨日10日、渋谷マークシティ前で「街頭キャンペーン」を展開した。啓蒙チラシと共に、「お掃除クロス」を配布したのである。

配線器具というと、一般消費者に馴染みがあるように思われるが、「器具の取り付け」は専門の工事士でなくてはならず、メーカーとしてアピール対象は「電気工事業界」が中心であった。一般への訴求は、しかも街頭キャンペーンなどは全く初めての経験であった。

今日、その報告があったが、経験を通じて幾つか課題もみつかったようである。

そして記念講演会である。
これは、会員を対象にしたものであり、新しい製品やビジネス創造についての情報提供という内容であった。

経済産業省 商務情報政策局 情報通信機器課長の吉本豊氏からは、「平成22年度概算要求の重点」の解説と、「スマートグリッド・スマートハウスの動向」と題した講演があった。
この「スマートグリッド・スマートハウス」については別の機会に紹介したい。

そしてもう一つの講演は、東京工業大学教授の柏木孝夫氏による「地球温暖化対策に向けた企業戦略」と題したものであった。二つの講演は共に、今後我々の業界で、新しいビジネスとして生まれる可能性の高いもので、誠に意義深いものであった。


とにもかくにも慌しい一日となった。
そして、長い一日でもあった。



posted by 伊藤保徳 at 21:26| Comment(0) | 経営に関して | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

夢を語る

自身の夢を語る。
大人が夢を語る。

昨晩の、瀬戸市倫理法人会イブニングセミナーは「夢語り」ピッタリの講師であった。
先の「ドリプラ・名古屋」にて、感動大賞を受賞された榊原さんであった。

「ドリプラ」とは、「ドリームプラン・プレゼンテーション」の略語で、文字通り「夢語り」である。

改めて「ドリプラ」のパンフレット(2009.8.22)を見てみると、表紙に以下のコピーが並んでいる。

大人が変われば子どもが変わる。
子どもが変われば未来が変わる。
未来が変われば社会が変わる

人の力は無限大
人は人に支援されて磨かれる。
人は人に応援されて成長する。

先ず私たちができること、
大人が大きな声で堂々と夢を語る。


世の中を嘆くのではなく、今、自分ができることを着実に実行すればよい。それは《夢を語ること》である・・・こんなメッセージである。
同感である。

ビジネスの場面でも、部下の有無に関わらず「夢を持ち」、「夢を語る」ことはとても重要である。

しからば、どうしたら「夢を持つこと」ができるのであろうか。
そんなことを考えた。

夢を語る人。その語りに感動する。
そのプロセスを振り返ってみると、「夢」そのものに感動するというより、その人の「過去」や、「生きざま」に感心したり興味を覚えたり、そして共感する。
それに鮮やかな夢が加わり、気分が高まる。
このように考えてみた。

つまり、「夢語り」とは、「歴史語り」であり、「軌跡語り」でもある。

自身の今まで生きてきた歴史認識、導いてもらった人の価値観やその姿勢への感謝など。これらが前提となっての「夢」である。
「夢を持ちなさい」、それは自身の生きざまや歴史をキチンと認識することから始めるべきで、思いつきの空想では「感動」をよぶことはできない。

結局は、「自分の位置」をハッキリさせることでもある。



posted by 伊藤保徳 at 04:33| Comment(2) | 人づくり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月10日

シャイな態度

中日新聞夕刊の文化面に、哲学者梅原猛氏の欄がある。「思うままに」というタイトルがついている。
難解な内容かと思いきや、日常的なことも多く取り上げられており、参考にさせてもらうことも多い。

11月9日の夕刊では、「落合監督にひと言」として、監督のマスコミ対応について苦言を呈していた。

先ずは、落合氏が中日ドラゴンズの監督就任が決まった時からの「思い」についていろいろ述べられている。
梅原氏は、生後間もなく母を亡くされ、知多半島の内海町の伯父夫婦に育てられたこともあり、故郷は「愛知」とし、当然ながら名古屋に本拠を置く中日ドラゴンズのファンだという。

因みに私もドラゴンズファンだが、熱狂的な部類ではなく「地元なんで・・・」というファンである。

落合監督でリーグ優勝を飾った時、地元新聞では「落合の監督術」について大いに称賛された。ビジネスの現場で、コーチングとか、ファシリテーションションというにスキルが話題になっている頃で、そのモデルが「中日、落合監督」であるという紹介記事のあったことを覚えている。

就任時は、「あの落合が・・・」という、いい面が伝えられた。「オレ流」という流行語も生まれたほどだ。


さて、梅原氏の「落合監督にひと言」では、「知・情・意」兼ね備えた立派な監督であると思われるにもかかわらず、人気がない。「それは何故か?」と言及されている。
今期の観客動員数において、セ・リーグではドラゴンズのみが昨年を下回ったとのこと。

以下は掲載された文、そのままに紹介する。
《彼のマスコミの対する態度をみると、まったくぶっきらぼうである。

クライマックスシリーズにおいて第二ステージ進出を決めた時の勝利監督インタビューでインタビュアーが「ファンも日本シリーズで戻ってくると願っています。抱負を語ってください」と言うと、彼は「全球団が日本一を目標に戦っているのだから、それは愚問ではないか」と無愛想に言い捨てて姿を消した。

それを見て、私は百年の恋も冷める思いであった。
この言葉は、落合の人一倍強いシャイの精神がいわせたものであると思われるが、マスコミはファンの代表であり、彼の態度はファンに対して大変失礼である。

彼は今年、ブランコや藤井や野本のような無名選手をみごとに育てた。
これらの選手をさらに鍛え、和田をはじめとするベテラン選手が心を一にしたならば、来年は日本一になることも夢ではない。

それを実現するには、落合がシャイの精神を捨て、チームに対する愛情とファンに対する感謝の心を率直に示さねばなるまい。》

なかなか歯切れのよい、率直な提言である。


監督の野球に対する真摯な気持ちはわかるつもりだ。
しかし、マスコミを敵対視するのは止めた方がいい。プラスになることは一つもないのである。

以前監督が、『選手へのメッセージをマスコミを使って行っていたが、正しく伝わらないのでもう何も話さない。』というような発言を新聞で見たことがあるが、こうした発言が取り上げられてしまう所に問題があるように思う。

つまり、マスコミ各社との関係性の改善であり、その根本は「お世話になっている。」「支えてもらっている。」という感謝の気持ちを『言葉や態度」に表すことである。

それがファンへのメッセージにもなる。



posted by 伊藤保徳 at 08:05| Comment(2) | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月09日

事業仕分け

「事業仕分け」なるものに注目が集まっている。

先に、行政刷新担当大臣が民主党の若手議員を多く登用しようとしたところ、小沢さんから待ったがかかったことからも注目されるようになった。
私自身、「事業仕分け」なるものを知らなかった。

日本経済新聞の11月2日号では、「事業仕分け」の解説。
中日新聞の11月7日の夕刊では、仙石大臣が静岡県庁での「事業仕分け」を視察している記事がトップに掲載されていた。


新聞によれば「事業仕分け」とは・・・
《行政の手掛ける事業について、担当職員と第三者が公開の場で議論することで、その事業が必要か、不要かなどを選別する作業。民間のシンクタンクの構想日本(加藤秀樹代表)と一部の首長が2002年に岐阜県で始め、その後、他の自治体にも広がった。政府は行政刷新会議の事務局長に加藤氏を起用し、国の事業で実施する。》

この説明だけで判断すれば、「計画審議」のやり直しのようにも受け取れる。

政府がこの事業仕分けに取組もうとしているのは、「コストカット」という側面が強い。
何しろ来年度予算が過去最大の概算要求になっているからである。

7日の夕刊には、《約95兆円に膨らんだ概算要求を削るため、刷新会議は二百数十程度の事業を仕分けする。仕分け人は民主党議員7人と民間人。11月中に二度に分けて結果を報告し、年末の予算編成に向けて省庁に事業削減をを迫る。》との報道。

新聞によれば、地方自治体における「事業仕分け」は、「事業削減」というより、職員の意識改革に効果があるとされており、政府の狙いとは違っている。
国の場合は、切羽詰っての事業削減である。


概算要求されたものを、改めて事業仕分けをするというのは「後追いの感」が強い。
事業を計画する上で、優先順位を決めることはとても重要である。限られた予算内でもあり、意思決定の難しさはあるが、計画の合理性を求められるのは当然である。

日頃からゼロベースからものを考える姿勢ならば、「目的不在」とか、「前例追従」というような事業はなくなるはずである。


政府の当面の活動は「事業削減のための事業仕分け」にならざるを得ないと思うが、先行している地方自治体の実施内容や結果を検証し、事業計画のを「策定力」を高めるために活用してもらいたいものである。



posted by 伊藤保徳 at 10:33| Comment(2) | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月08日

結婚の披露

昨日、東京での結婚式と披露宴に出席をした。
朝早くの出発、旅慣れているとはいえない三人を連れての東京ということもあり、少し気を遣ったが楽しい一日であった。

会場は「明治記念館」。15〜6年前に取引先の娘さんがこの場所で結婚式を挙げられており、中庭の芝生広場が強く印象に残っていた。
東京駅からはタクシーを使ったが、丸の内側から15分程度で到着。ウィークデーと違い、車が極端に少なかった。

会場には10時過ぎに到着。式の前に行われる親族紹介までに少し時間もあったが、多くのお客でごった返していた。案内表示にはズラリと今日の婚礼予定があり、その数なんと28組。
係りの人に尋ねてみたところ、「今日は、大安吉日でも全部で31組あります。スペースの関係で28組しか表示がしてありませんが」・・・とのことであった。

一日で31組の結婚式と披露宴を行うというが、会場というハードもすごいが、それを運営するソフトが大変なものだと思う。

事実、私達の出席した「親族紹介」、「結婚式」、そして「結婚披露」と続くスケジュールは「1分の狂いもないほど正確に」進められたのである。

決して派手ではなく、かといって地味でもない。
多くの人が、ここ「明治記念館」で結婚式を挙げたいと思うのがわかる気がする。


さて、結婚披露である。
こだわらない人にとっては何でもないことであるが、気にする人は気にするものである。
新郎新婦入場後、司会者から先ずは開会の挨拶。「〇〇両家の、結婚披露を始めさせていただきます。」・・・と。続いて新郎新婦の紹介、来賓を代表しての祝辞まで進んだ。

ここで再び司会者から次のような案内があった。
「以上までが結婚披露式でございました。引き続きまして結婚披露宴へと進めてまいります。先ずは、乾杯のご発声をいただきか祝宴を始めさせていただきます。」


会場側の配慮なのか、司会者の気遣いなのかはわからないが、「結婚披露」を「披露式」と「披露宴」にキチンと区分して進行されているところに感心した。
今まで数多くの結婚披露に出席してきたが、こうしたメリハリのある進行をされたの1〜2度である。

それほど気にすることではないが、私は気になる方である。


こんなこともあり、それなりに楽しませてもらった結婚披露であった。



posted by 伊藤保徳 at 06:00| Comment(1) | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする